アプリで事前に注文し、お店に到着するとレジに並ぶことなく商品を受け取ることができる――。こうした「事前注文」機能が私たちの日常の体験を変えようしている。
米国において、事前注文は大手コーヒーチェーンの「スターバックス」や、ファーストフード店「マクドナルド」などで既に導入が進んでおり、生活の中に浸透し始めている。
海外で普及する事前注文を日本で普及させようと取り組んでいるのが、国内で唯一のモバイルオーダー&ペイ(事前注文決済)サービス「O:der(オーダー)」を提供している株式会社Showcase Gig(ショーケース・ギグ)だ。
同社の創業は2012年2月。創業から6年の月日を経て、事前注文という体験は日本でどのように変化してきたのだろうか。同社代表取締役の新田剛史氏にインタビューを行った。
店舗体験を「ネットとつなぐこと」で進化させる
―― 新田さんは、東京ガールズコレクションやミクシィでプロデューサーを経験した後、Showcase Gigを創業されています。なぜ、事前注文という市場に注目したのでしょうか?
新田:事前注文に限らず、日々当たり前となっている消費体験をテクノロジーで進化させたいと思ったからです。そう思ったのは、ミクシィでの経験が大きいですね。
―― ミクシィでのどういった経験からそう考えるようになったのでしょうか?
新田:ミクシィのころは、SNSサービス「mixi」のソーシャルビジネス部門で責任者をしていて、NIKEとのソーシャルコマースプロジェクトやコンビニエンスストアのPOSと連携した本格的なO2O(Online to Offline)キャンペーンシステムを開発していました。私のチームでは「ユーザーにとって有意義で、楽しめるサービスで、同時にビジネスとしても成立する」ものを生み出すというミッションを持っていました。
mixiは当時DAU(Daily Active Users)は約1,000万に達し、国内では圧倒的なインターネットサービスで、収益の柱が主にバナー広告でした。しかし、多くのユーザーにリーチできるのに、どうしてもインターネット広告はテレビと比べて単価が安いように感じていました。
―― なぜ単価が安かったのでしょうか?
新田:テレビのように、すでにでき上がったメディアは予算が確保され、「そこに払うのが当たり前」ですが、インターネットはどんなに使われていても、「その他大勢」の扱いをされてました。結局、PVがあるサイトも低いサイトも十把一絡げにされていた。今のように広告主も多くないし、結果として、予算が回ってこない状況だったんです。
―― 当時はどのような心境でした?
新田:デジタル・インターネットサービスが軽んじられているな、という不満を常に持っていました。そのとき、たとえば店舗に大量に人を送り込むというように、インターネットサービスで実際に多くのユーザーを動かしたら、世界も変わるのかなと考えたんです。
それが「mixiXmas」という企画や、NIKEとのコラボレーション企画でした。ただ、「インターネット側からリアルの世界にインパクトを与える」上での課題にも直面しました。
―― 新しい課題というのは?
新田:店舗のPOSレジがそもそもインターネットにつながっていないことや、そのシステム開発に膨大なコストと時間がかかるということです。
ただ、ここがクリアできると、予約や決済などあらゆる消費体験を進化させることができると思ったのが、Showcase Gigを創業したきっかけでしたね。
注文決済の利便性を向上させることで、リピート率は90%に到達
―― 創業されてから約6年、現在はどのようなサービスを提供されているのでしょうか?
新田:来店前の事前注文と事前決済ができるスマートフォンアプリ「O:der」に加えて、AIチャットボットによる接客応対サービス「O:der Cognis(コグニス)」、実店舗省人化ソリューション「O:der by Self(バイセルフ)」などの独自プロダクトを展開しています。
ただアプリを提供するだけでなく、複数のプロダクトを提供し、プラットフォームとして拡大することで、様々な店舗のニーズに対応することを可能にしました。
利用店舗数は1,000店舗近くなりましたが、POSレジ市場で飲食業界の53%のシェア※を誇る東芝テックと2017年3月に提携したので、メガチェーンの導入も進んでいます。
―― 2018年3月には、「餃子の王将アプリ」を開発したことも発表されていました。これもプラットフォームで提供しているサービスの一つなのでしょうか?
新田:そうですね。自社で開発するノウハウがないクライアント様には「O:der Apps(アップス)」というアプリ開発基盤を提供しています。その第一弾が、餃子の王将です。
(2018年)6月には、大丸松坂屋百貨店の「お弁当WEB予約決済サービス」にも、O:der Appsを提供していることを発表しました。お弁当屋さんは、店頭でお客さんを長く待たせることが多いので、事業者の事前注文に対するニーズが高くなっています。
――事業者の方がO:derを導入するメリットがありそうですね。
新田:はい。事前注文は、8:2の比率で事業者の方にメリットがあると考えています。
たとえば、多くの店舗で人手が足りていない中、注文と決済にかける人手を少なくできるとともに、その分コストの削減につながります。また、金銭を直接扱わなくてもいい、店舗内のオペレーションを組みやすくなるといったメリットもあるでしょう。
―― 消費者視点だと、待たないことやキャッシュレスというメリットはあるものの、アプリをダウンロードしたり、クレジットカード情報を登録するといった利用までのハードルもあると思います。その点、新田さんはどのように考えていますか?
新田:最初のハードルはあると思いますが、店頭で待たなくて良いなどのメリットがあること、本質的にどうすればユーザーが便利かを事業側が考え抜くことで超えられる壁かなと。
たとえば、決済についてはクレジットカードだけでなく、交通系ICカードやキャリア決済、コンビニ払いに対応するなど、それぞれのニーズに合わせることが挙げられます。
―― 確かに交通系ICカードやキャリア決済だと一気に下がりそうですね。
新田:はい。あとは各国が実践しているのは、利用時にクーポンなどのインセンティブを消費者に提供することです。O:derもクーポンなどはうまく活用している店舗が多く、一度でもアプリを利用してもらうと、ハードルは大きく下がると考えています。O:derでは、一度でも注文したユーザーであれば、最大90%のリピート来店率になる店舗も出ています。
―― リピート率90%はすごいですね。
新田:事前注文がどの程度利用されるかは、業態にも左右されます。米国スターバックスの事前注文は、2年半で全体売り上げの約13%程度。それでも高い数字なのですが、O:derプラットフォームを利用している弁当業態の店舗では、導入数か月から売り上げの約10%以上をO:derからの注文が占めるようなケースも出てきています。
―― 顧客ニーズ的には「Uber Eats」のようなオンデマンドデリバリーサービスにも近いように感じるのですが、そことのすみ分けはどのように考えていらっしゃいますか?
新田:デリバリーも市場としては拡大すると思うのですが、コスト的にも配送は店舗で食べるより高くなるので、それがすべてになるかといったら、そうはならないと思います。店舗側としては「食べにきてほしい」という思いが本質的にあるという意味においても、事前注文は消費者と店舗双方のニーズが一致すると私は考えていますね。
事前注文の普及を阻む、日本の業界構造
―― 米国ではスターバックスやマクドナルドでの導入が進む一方で、国内は事前注文市場の動きはそれほど活発でないように思います。新田さんは何が要因と考えていますか?
新田:POSレジが、会計だけでなくアルバイトの勤怠情報など全てのデータを連携している基幹システムとなっており、非常に改修が困難であることが要因と考えています。メガチェーンになると、その投資額は膨大で、簡単にシステムを変えることができません。
そもそもインターネットにつなぐことを見越した設計が最初からなされていないという現状もありました。米国や中国では、そうした古いシステムがあまり存在せず、ゼロベースで開発が進められた背景があります。また、インターネット領域への投資を惜しみませんね。
―― つまり、機能を提供するだけでなく、業界の構造そのものを変える必要があったと。
新田:そうですね。日本は高度成長期やバブル期に最盛期を迎えた大企業が多くて、それらの企業が今も数千億~兆円の売り上げがあります。この壁を崩すのはスタートアップ単独だと難しく、構造が変わっていくとしても10年以上の時間が必要になるでしょう。
ただ、「今のままではいけない」と危機感を持っているのは、大企業も一緒です。敵なのではなく、一緒に組むパートナーとして業界を変えられたらと当初から思っていました。
―― だからこそ、東芝テックとの提携があったわけですね。
新田:はい。単に事前注文を普及するのではなく、私たちは「これまでインターネットにつながっていなかった世界を貫通させる」という壮大なテーマで説得をし続けて、POSレジと連携した事前注文機能を提供できるようになりました。発表は少し先になりそうですが、今まで動きもしなかったメガチェーンからも多数問い合わせが来るようになりましたね。
―― 事前注文という体験が、当たり前になる未来も近いということですか?
新田:2020年の東京オリンピックまでは各社が注力すると思うのですが、このままのペースだと2022年ころになってしまうでしょう。これだけ事前注文の普及が遅いのは日本ぐらいなので、Showcase Gigと東芝テックで頑張りたいと思っています。
創業から約6年、東芝テックと提携したところから、事前注文の業界が大きく変わり始めた。後編では、これまでとってきたO:derの戦略や見据える未来を紹介していく。
撮影/加藤甫