国内で唯一モバイルオーダー&ペイプラットフォーム「O:der(オーダー)」を提供する株式会社Showcase Gig(ショーケース・ギグ)。事前注文は、スマートフォンのアプリなどで事前に商品を注文し、到着するとレジで並ぶことなく受け取ることができる機能を指す。
前編では、事前注文の特徴や市場の変化について、同社代表取締役の新田剛史氏に聞いた。業界の構造そのものを変えることを目指し、複数の独自プロダクトを展開してきた同社。2017年3月に東芝テックと提携したことで、潮目が変わり始めたという。
後編では、同社代表取締役の新田剛史氏に、創業から6年以上がたち、O:derがどのような戦略で東芝テックとの提携に至ったのか、今後の展開について紹介していく。
「普通はやらないこと」を続けてきた6年間
――前編では、東芝テックとの提携で一気に風向きが変わり始めたという話がありました。同社との提携までには、スムーズに進んだのでしょうか?
新田:いえ、スムーズではなかったですね。東芝テックもPOSレジとインターネットを連携しなければいけないという危機意識はあったのですが、交渉を始めた当初は「2年ぐらいかけて進めましょう」というスタンスでした。
――粘って説得し続けたのですか?
新田:そうですね。東芝テックほど規模の大きい企業になると、提携までに数年という期間が必要になるというのは最初から予想していました。だから、提携に向けた動きを続けながらも、別で受託開発の案件もこなしましたし、様々な店舗のニーズに対応するため、モバイルオーダープラットフォームとして複数の独自プロダクトを開発してきた経緯があります。
――東芝テックが提携を決めた理由は何と考えていますか?
新田:私たちが、事前注文の普及に対して本気で取り組んでいたからだと考えています。その一つが、渋谷にコーヒースタンド「THE LOCAL」をオープンしたことです。この店舗では、スマートフォンアプリ「O:der」から事前注文と事前決済が可能となっています。
――事前注文が体験できるリアル店舗を運営したということですね。
新田:はい。POSレジメーカーやメガチェーンは、実物を見せないとやる気が出ないかなと。私は飲食店のプロではないので不安はありましたが、事前注文のお手本を見せるために、やってみることが大事だと思い、意思決定しました。結果的に、大手コーヒーチェーンやPOSレジメーカーの方が店舗に足を運んでくださり、良い評価をいただけました。
――一方で、リアル店舗の運営は初期コストなどリスクも大きいかと思います。
新田:おっしゃる通り、リアルの店舗を運営することは、スタートアップにとって特にリスクを伴います。ただ、当時は色々なサービスを試していたので、やけくそ気味に進めたのもありましたし、私自身がコーヒー好きなのも大きな割合を占めているかなと(笑)。
――すごい(笑)なかなかできない決断ですね。
新田:2018年3月には、店頭でセルフ注文と決済が可能な端末「O:der Kiosk(キオスク)」を発表したのですが、これもハードウェア製品なので、かなりお金がかかりました。
色んな人から「よくやれるね」と言われたのですが、あえて「普通はやらないこと」を意識的に続けてきた6年間だったと思います。普通はやらないことを実行することで、事業に対する本気度を示せますし、業界の方々からリスペクトしてもらうことが増えました。
――普通はやらないことを続けることで、新たなビジネスが生まれるということですか?
新田:はい。釜揚げうどん「丸亀製麺」やとんかつ・トンテキ専門店「豚屋とん一」などを運営するトリドールホールディングスは、まさにTHE LOCALを見て、O:derの導入を決めてくださいました。
事前注文に限らない、店舗体験の効率化も
――事前注文に関する様々なプロダクトを開発されていますが、今後の展開としてはどのように考えていらっしゃいますか?
新田:最近、中国では店内に入ってからの注文も、スマートフォンアプリで完結するようになってきています。テーブルで頼みたいメニューのQRコードを読み取り、注文をするようなイメージです。これの何が良いかというと、店員がオーダーを取るために行き来する行為がなくなり、省人化できること。この領域を2019年は進めていきたいと思っています。
――よく居酒屋に置いてあるものですね。
新田:はい。あのタブレット端末は1台当たりの価格が高く、1店舗分でも大きなコストがかかります。また、定期的に充電しなければいけないため、メンテナンスも大変です。
――具体的には、どのように進めていくのでしょうか?
新田:最初の一歩として、2018年7月にはこの方式で品川区のラーメン屋「らーめん食堂 あの小宮」にO:derを導入しました。この店舗では従来、券売機での現金のみという支払い方法しかありませんでした。そのため、ランチタイムなどの混雑時は、長い時間並ばなければいけなかったり、メニューをじっくり選べなかったりといった課題があったそうです。
今回、O:derを導入することで、お客様は店内の座席に着席後、O:derから注文と決済を済ませることで、券売機に並ぶことなく、キャッシュレスで食べられる。店舗側にとっても注文受付や会計などのオペレーション負荷が軽減するので、回転率の向上が見込めます。
――事前注文だけではなく、店舗内の体験も変えていくと。
新田:そうですね。現在は、フードコートの一部でも実証実験を進めています。今までは札やブザーが鳴る端末が渡されていましたが、こちらをスマートフォンに置き換えます。
このように事前注文に限らない店舗体験の効率化も、POSレジとインターネットがつながることによって可能となるので、今後注力していきたい領域の一つと考えています。
「事前注文」から「省人化プラットフォーム」へ
――店舗体験の効率化も含めて、新田さんがO:derプラットフォームを通して実現したい世界というのは、最終的にどのようなイメージなのでしょうか?
新田:一番の目的は、O:derが省人化プラットフォームとして店舗に普及することです。今は無人コンビニなども登場していますが、店舗の完全無人化は正直難しいと思っています。人のサポートが必要なことは必ずありますし、今の業態から無理なく変化できる理想の形は何なのかを追求したいと考えています。
一方で、省人化は絶対にやるべきだと思います。アメリカで2000店舗を展開するパネラブレッドではレジ通過率が25%になっているそうなんです。キオスク端末とモバイルアプリで残りの75%を占めている。レジに行かないことが当たり前になると、店舗内のスタッフも少なくできますよね。
――新田さんはなぜそこまで省人化にこだわるのでしょうか。
新田:様々なチェーン店の経営層に話を聞くと、日本は人口が減っているのもあり、働く人を確保できなくて開店できないことも多いと聞きます。閉店している間も家賃は発生し続けるので、コストだけは変わらずに赤字転落してしまう。
人口対比などを考えても、おそらくメガチェーンは人手不足の問題から、経営を維持できない店舗が今後増えていくでしょう。こうした問題を解決できる一つの手段が、省人化を可能にするO:derのプラットフォームだと考えています。
――前編では、一般の方々に浸透するのは2022年ころというお話がありました。今のO:derプラットフォームの現在地としては、どこにあると考えていますか?
新田:現在は事前注文に関するサービスを提供しているのは私たちだけなので、まだ1%にも満たないかなと。しかし、契約ベースや商談ベースでは、あらゆる企業のやる気が高まっているように感じます。おそらく、2018年が事前注文普及の元年となるでしょう。
――状況が大きく変わり始めたのは、やはり東芝テックとの連携が大きいのでしょうか?
新田:提携も大きな要因だと思いますが、店舗も省人化に向けて本格的に舵を切らなければいけない状況になったというように、時代の機運もうまく重なったと思っています。
――時間はかかりつつも、日本はここ数年で変わり始めているということですね。
新田:はい。特に潮目が変わったのは、ここ1年だと思います。東芝テックとの提携交渉を始めた2016年のころは、飲食チェーンからの問い合わせがそこまで多くなかったんです。
今年に入ってからは、誰もが名前を知っている会社から毎週のように問い合わせが来る状態になりました。ある企業からは、同じ部署の人から1時間おきに問い合わせが来たことも(笑)上司から言われたのだと思いますが、このような経験は今までなかったんです。
私たちは、このような時代を見越してプロダクトの開発や東芝テック社との提携を進めてきました。長く変わっていなかった業界をインターネットで変え、日々の消費体験を豊かにするだけでなく、日本が抱える人手不足の解決に向けて全力で挑戦したいと思っています。
撮影/加藤甫