いくら技術が発達しても、お店の中心は「人」なんです。
そう語るのは、カスタムチョップドサラダ専門店「クリスプ・サラダワークス」を展開する株式会社クリスプ代表取締役社長の宮野浩史氏だ。
「熱狂的なファンをつくる」ことを目的に2014年に創業したクリスプは、一貫して顧客との関係作りを重視してきた。
その証拠に、同社が2016年に開始した会員制度「クリスプ・コネクションズ」には、100回以上来店した顧客が対象となるランク「AMBASSADOR」に280名超が登録されているほか、最高ランクの「EVANGELIST」には830回超の来店を記録する会員がおり、着実にファンを獲得している。(2019年4月現在)
同社は顧客体験の向上のため、積極的にテクノロジーの導入をしているが、宮野氏はテクノロジーは店舗の主軸ではなく、「人」こそがお店の中心だと話す。同社がどのような考えでデジタルツールを導入してきたのか。クリスプが目指す、顧客体験のあり方を伺った。
サラダも注文方法も自分でカスタムできる店舗
クリスプ・サラダワークスは2014年12月に麻布十番に1号店を出店したのを皮切りに、現在は広尾、六本木ヒルズなど都内に8店舗を展開している。「サラダ」をサイドメニューとしてではなく主食として提供するべく、ベースとなる野菜と約30種類のトッピングを自由にチョイスできる「カスタムサラダ」で提供するのがクリスプのスタイルだ。
クリスプがカスタムするのはメニューに留まらない。同社が信念とするのは「メニューも、サービスも、働き方も、カスタムするから面白くなる」ということ。
「メニューをお客様好みにカスタムすることはもちろんですが、接客や会話、サービスのスタイルも、お客様に合わせて変えています」と宮野氏は話す。
「カスタム」に力を入れるクリスプ・サラダワークスは、「完全キャッシュレス・セルフレジ」や、スマホアプリでの店内・事前注文といったテクノロジーを積極的に導入している。しかし、クリスプ・サラダワークスにとって技術はあくまで、”手段”だという。
顧客の目的は、“便利になった”店舗ではない
宮野「お客様はお店に、テクノロジーを求めて来るわけではありません。レストランだからこそ感じられる体験を楽しみに来てくれているはずです。そのため、単純に商品の提供効率をあげただけではお客様にとってつまらないレストランになってしまいます」
テクノロジーの導入が、そのまま顧客体験の向上につながるとは限らない。では、クリスプ・サラダワークスではテクノロジーをどう捉えているのだろうか。宮野氏によれば、デジタルツール導入の目的は顧客の待ち時間軽減だけでなく、スタッフが顧客と十分なコミュニケーションが取れる時間を作り、顧客にワクワクする体験を提供することだという。
宮野「接客業では、お客様とのコミュニケーションを楽しみに働く人が多くいます。しかし私たちのようなセルフサービスのお店では、接客のメイン業務は注文・会計時のみ。そこで繰り広げられる会話は、業務上必要なヒアリングが大部分を占めてしまいます。『カードはお持ちですか』『ご一緒に飲み物はいかがですか』など、単調なやりとりで情報を入手し、記録しているだけじゃないか、と思いました。それなら記録作業は機械に任せ、お客様とスタッフがコミュニケーションを取れる余白を増やそうと考えました」
人気の飲食店では会計のためにレジで列が作られ、「お客様を待たせないために」と、顧客とのコミュニケーションが必要最低限の注文のやりとりで終わってしまうことも多い。「完全キャッシュレス・セルフレジ」を導入した理由もここにある。
宮野「例えば、夜にスーツ姿のお客様が訪れたとします。購入の際にスタッフから『夜遅くまでお疲れ様です』など一言声をかけられると、少し嬉しいじゃないですか。そういった言葉は、機械やロボットから発せられるよりも心に響くと思うんです。より良い体験を考えた時に、注文の部分をデジタル化した方がお客様にとっての理想の体験を実現できると考えました」
テクノロジーを使えば、どの顧客が何を頻繁に購入しているかもデータベースとして蓄積できる。接客していた人だけが知っていた常連顧客の情報も、店舗全体に共有が可能だ。そうして得た情報をもとにコミュニケーションを取っていくことで、よりパーソナルな体験を顧客に還元していけるようになるだろう。
宮野「飲食業界は楽しい部分だけを抜き出すとすごく素敵な職業です。カップルで来てくれていた人が結婚して、今度は子どもと一緒に買いに来てくれるなんてことも普通に起こる。お客様が何度も足を運んでくれたり、対応に直接喜んでもらえたり、そういった部分がテクノロジーの力でもっと見えてくるようにしたいです」
クリスプ・サラダワークスでは、顧客とスタッフとのつながりを一層大事にしていくため、アルバイトスタッフでもお店のLTV(顧客生涯価値)を考えるような店舗づくりを目指しているという。
宮野「LTVは、実際のお客様から離れた本社ではなく、お店で考えることに価値があります。スタッフ同士で『あの人、最近来ていないよね』などの会話が飛び交うようになることが次のステップです」
宮野氏は「飲食業界の可能性は今後、人が起点にならないといけない」と語る。誰と食べに来ているか、どんな空間で食べているか、スタッフが一人ひとりの顧客に合わせた接客を行い、店舗側は顧客が楽しめる場を提供することが求められる。
アプリを通じて顧客に「注文の主導権」を返す
事前・店内注文が可能なスマホアプリは、常連顧客が「いつもので」と頼む感覚で注文ができるよう意識されている。手間がかかるのは最初だけ。2回目からは過去の注文履歴から簡単にオーダーが可能だ。さらに頼んだ回数に応じて、アプリ内のショップカードのランクも上がっていく。
宮野「お店にいつも来てくれる人が、もっとクリスプを好きになってほしい。アプリを使えば購入履歴や来店記録から、スタッフもコミュニケーションのきっかけを見つけられます。アプリを通して、リアルでもオンラインでもお客様と私たちの関係を深められると感じました」
だが、アプリの開発には資金と労力がかかる。宮野氏が自社アプリへの投資に踏み切った理由はどういったものなのだろう。「Uber Eatsなどのデリバリーサービスの台頭により店舗の体験がリアルの世界だけに止まらなくなってきた」と、宮野氏は最近の変化を振り返る。
宮野「店舗でなければ得られなかった食との接点が、スマホアプリ上でも得られるようになってきました。配達サービスからお店を見つけて注文し、店舗が無くても味が良ければファンになる可能性がある。注文から目の前にサラダが届くまで、アプリ内でいかにクリスプ・サラダワークスならではのブランド体験を提供できるか。そこにもこだわりをもって開発しています。注文という行為ひとつであっても、「心を動かす体験」を目指すことが、体験の価値につながっていくのです」
宮野氏は店舗側で握っていた「注文の主導権」を、デジタルツールを導入したことにより顧客へ返したと語る。デジタルツールの導入は、顧客を自由にする。
宮野「従来は注文をするために店舗へ行く必要があり、さらにスタッフの対応を待たなければいけませんでした。それが当たり前のため、混んでいる時以外は特別不便さを感じることはないでしょう。しかし、いつでもどこでも自分の好きなように注文することができると、その便利さに驚くはずです」
クリスプでは、例えば夜中の1時に起きて『あ、明日はサラダが食べたいな』と思った時、アプリを使えばすぐに注文できる。また、アプリで注文すればいつ取りに来ても良い。店先で完成を待っている必要はない。
テクノロジーの力で10年後の飲食業界をリードし、顧客の期待値を超える店舗へ
デジタルツールを導入したばかりの頃は、作業に慣れるまで時間がかかった。特に従来の方式からリニューアルした店舗では苦戦したという。苦労が予想されながら、それでもクリスプ・サラダワークスが導入に踏み切った理由は、「10年後の飲食業界」を考えた結果だ。
宮野「『10年後も、お客様は注文で列を作るの?』、『機械的な会話を人間同士でしていくの?』と考えると、それは違うと思うんです。今は大変でも、将来お客様の体験が向上するのであれば積極的にテクノロジーの導入を進めていきたいですね」
「日本の飲食業界を、テクノロジーを使ってリードする店に、そしてお客様へは期待値を常に超える価値を提供していきたい」と話す様子からは、20年以上飲食に関わってきた宮野氏だからこそ持っている、顧客の体験を一番に考えた店舗経営の姿勢を伺い知れた。
テクノロジーはあくまで手段に過ぎない。クリスプ・サラダワークスのようにテクノロジーの導入によって、顧客が楽しめる飲食店づくりに注力できる企業が増えることを願うばかりだ。
取材・編集/イノウマサヒロ 文/もりやみほ 撮影/加藤甫
img/クリスプサラダワークス提供