「旬八(しゅんぱち)」と書かれたシンプルな暖簾をくぐると、色とりどりの青果と手書きのポップが目に入る。「この大根と出会って確信しました。人も大根も見た目じゃない!!って」「ブロッコリーの葉っぱ人気のたべ方」など、およそ従来の八百屋のイメージには似つかわしくないうたい文句が並ぶ店内は、活気に溢れている。2013年の第1号店以降、都内で15店舗にまでその規模を拡大させている「旬八青果店」だ。
経済産業省の「商業統計調査」によれば、1976年に全国に約66,000店存在した「野菜・果実小売業」の事業者数は、大型スーパーやネット通販などの影響によって、2014年、全盛期の1/4以下となる15,000店近くにまで減少した。そんな斜陽産業である「八百屋さん」という業態において、成長を続ける同グループは強い存在感を放っている。
八百屋の平均粗利率の約2倍にあたる50%を実現する旬八青果店。全国の農家や市場から目利きのバイヤーが直接仕入れを行い、「新鮮・おいしい・適正価格」をコンセプトに、青果や肉魚(冷凍)、加工品、弁当などを販売している。青果においては、規格外品も含めて仕入れることで、価格を抑えている。そんな同グループの成長を支えるのは、八百屋を「メディア」として捉える姿勢だ。
旬八青果店を運営するアグリゲート代表取締役の左今克憲氏に、立ち上げの経緯や、同氏がずっと大切にする「『メディア』としての青果店の価値」について話を聞いた。
地方の経済破綻と都市の食の課題を「農業」で解決する
──旬八青果店を開業したきっかけを教えてください。
大学時代に日本全国を回る旅に出たことです。それまで、地元である福岡市と東京の景色しか知らなかったのですが、田舎ではお店も少なく、地元の食堂などはクオリティも高くない。これでは住みたいと思う人が減ってしまうだろうと実感しました。
一方で、農家で作っているものを食べると、たとえいびつな形の野菜だとしても、見た目とは関係なくすごく美味しかったんです。東京では「高いお金を払ってもなかなか外食で美味しい青果が食べられないのはなぜだろう」と疑問に感じていたこともあり、都市と地方の食や経済の課題について考えるようになりました。
地方は土木事業や農業、農産物の加工業などが経済基盤となっています。基盤のひとつである農業がうまく回っていかないと、地方経済は破綻してしまうのでは、と。
農業を通じて「地方経済をなんとかしたい」と思い立ち、東京農工大学農学部に編入。卒業後、起業するにあたって「何よりも人が大事になる」と考え、まず総合人材サービスのインテリジェンスに入社しました。1年11ケ月の勤務を経てアグリゲートを創業後、「地方と都市をつなぐ八百屋」として旬八青果店を開業したんです。
──旬八青果店は、2013年に目黒で開業し、現在、都内に15店舗を出店するまでに拡大しました。縮小する青果小売の業界で、当初から成功を収める自信はあったのでしょうか?
1店舗目を出した頃は変な自信がありました(笑)。旬八青果店を開業する前、大崎のスーパーで業務委託として青果売り場で働いていて。そのときに「人通りがあり、しっかりと仕入れや陳列ができれば売れる」ことを経験的に学んでいたんです。
八百屋という業態は、どこにでもあるコモディティ化されたもの。逆に言えば、気軽に足を運んでもらって、商品を気に入ってもらえれば、購入につながる可能性が高まります。一度購入していただければ、あとは繰り返し来ていただくために施策を打っていくことで、売上は上げられるだろうと。
少数精鋭の青果とパーソナルな接客で顧客の期待に応える
──旬八青果店では、どのように仕入れをしているのでしょうか?
僕らは生産から流通、小売りまで、一気通貫でビジネスを展開する、SPAモデル※を採用し、主に農家から直接仕入れを行っています。ただし、農家からの直接仕入れだけに限定するのではなく、市場からの仕入れも活用しています。
僕らが何よりも大事にしているのは、野菜を本当に美味しいタイミングで仕入れることと、金額に対して価値が見合う野菜を提供することです。たとえいくら安い野菜であっても、質が悪いものであれば仕入れることはありません。
※SPAモデル:Specialty store retailer of Private label Apparelの略。企画から製造、販売、までを一気通貫で行うビジネスモデル。主にアパレル業界で用いられている。
──「新鮮で旬な野菜」と一言で言っても、さまざまな条件に左右され、判断は難しそうですね。
はい。そこで、特にオススメの商品については野菜8種類、果物8種類ほどと、少数精鋭で絞り込んでいます。旬八としてオススメできるクオリティに見合った野菜・果物を毎日多岐にわたって仕入れることは困難ですから。
もしも、スーパーを始めとする一般的な店舗のように多数の商品展開を前提としたら、旬八にとって「適正」とは言い難い商品もそろえることになってしまう。商品数を絞ることで、お客さんの期待値に応える野菜を厳選して、買いやすい売り場を実現しているんです。
──それで常に顧客を裏切らない売り場が実現できているわけですね。店舗体験の向上のために、他にはどんな施策を?
仕入れの他には、お客さんに話しかけることによって、愛されるお店づくりを目指しています。たとえば、お客さんとしては「美味しくなかったら交換しますよ」と声をかけてもらえるだけで安心できるもの。美味しい野菜の食べ方を伝えたり、今日の夕飯は何にするかを聞きながら献立の提案をしたり、といったこともしています。
──実店舗の顧客体験を左右するのは、やはり接客なんですね。
ただし、接客だけでは限界もあります。八百屋の場合、どうしても夕方に買いに来る人が多く、午前中や午後の時間帯にはあまり人が来ません。
そこで、人の少ない時間帯にもお客さんとの接点を持つために、「旬八キッチン」としてお弁当や惣菜の販売をしています。人気商品は野菜によって差別化した「野菜弁当」なのですが、この野菜はお弁当にする直前に店内で蒸して、一番よい状態でお客さんに提供しているんです。
また、夜の時間帯には「野菜とお酒を楽しむ『旬八Bar』」などのイベントも開催することで、あらゆる時間帯で旬八を利用していただけるようにしています。
これからの八百屋は「メディア」でなければ価値はない
──左今さんにとって旬八で提供すべき「いい野菜」とは、どのようなものでしょうか?
当たり前ですが、絶対的な基準は「食べて美味しいか」。もちろん、農薬の使い方や特別栽培農産物(化学合成農薬の使用回数、および化学肥料の窒素成分を5割以上削減して生産した農産物)に該当するか否かといった基準は把握しています。実際に農家を視察しながら、どういった環境で育てると、どのような味わいが生まれるかについても理解しているつもりです。
しかし、どんなに育て方が完ぺきであったとしても、美味しくないものは美味しくないですよね。やっぱり、食べて美味しいのが一番。店員にも、積極的に試食をした上でポップを書いてもらっています。逆にポップを書けないくらいであれば、その店舗の商品数を絞ります。働いているスタッフが、置いている商品についてはすべて正しく伝えられる状態が理想だと考えているので。
──旬八といえばこのポップですが、他にお客さんに正しく情報を伝えるために取り組んでいることについて教えてください。
旬八新聞という、月に一度発行しているリーフレットがあります。5月号ではスイカの特集をしました。世間一般のスイカのイメージは8月。「早すぎるのでは?」という時期ですが、熊本などでは5月からスイカが旬に入る。「今が旬なんだ」とわかれば、お客さんも買いたくなるし、店員も積極的にオススメすることができます。
──5月だとスイカはまだ早いというイメージがありました……。
マスメディアを通じて誤った旬のイメージを持たれている農産物は少なくありません。たとえば、トマトには夏野菜というイメージがありますよね。しかし、夏はトマトの味が落ちてしまう時期なんです。
──そうなんですか!?
結局、都市の人は美味しい食べ方や旬の時期など、農産物についての正しい情報をほとんど知らないんです。都市に出荷される農産物も、仕入れ段階で振り分けられたうちの一部でしかなく、農地では多くの規格外農産物が捨てられています。そんな事実も、ほとんどの人には知られていないですよね。
僕らが目指しているのは、生産者と消費者をつなぐ「メディア」のような役割を持つこと。
前述のように、青果店という業態はコモディティ化されています。そんな状況において旬八青果店が提供すべき価値とは、店舗が媒体になり、消費者にとっては何かを得られる場所、生産者にとっては何かを伝えられる場所であることです。
──なぜ左今さんは「メディア」としての八百屋のあり方に着目したのでしょうか?
インターネットなどを通じて消費者と生産者とがダイレクトにつながることができる今の時代、八百屋を始め小売業は「メディア」として振る舞い、価値のある情報を提供していかなければ、その間に人がいる価値はないと考えています。それによって、結果的に農産物に対する消費者のリテラシーが向上すれば、農家を守ることにもつながり、美味しい青果が消費者の元に届くよい循環が作れると思っています。
──6年間で15店舗まで拡大していますが、今後も店舗出店は進めていくのでしょうか?
都内を中心に、できるだけ数多くの店舗を出店していきたいと考えています。大量に出店をしていくためには商品の管理体制を整え、人材を育てていく必要がある。この1年は体制を整えることに注力し、その後、一気に規模を拡大していくというフェーズに移行する計画です。
また、東京だけでなく、福岡・札幌・名古屋などの大都市にも出店していきたいですね。そして、各都市の周りの農産物を仕入れながら、「メディア」として地方と都市をより密接につなげていきたいです。
インターネットに代表されるテクノロジーの発展は、購買という行為をより簡素なものにした。一方で、顧客が求めるのは決して利便性だけではない。購買という行為を、顧客の驚きや喜びを伴った「購買体験」へと変え、購買以上の価値を与える「メディアとしての八百屋」――左今氏が旬八青果店で挑戦しているのは、コモディティ化した業態の再構築とも言える。
顧客の状況に応じて、店舗でしか得られない適切な情報をモノに付加する。そんなアフターデジタルにおける小売業のあり方を、旬八青果店は示唆している。
文/萩原 雄太 取材・編集/イノウマサヒロ 写真/佐坂 和也