アフターデジタル時代、店舗とデジタルの主従は逆転する――。これが丸井グループが新たな戦略として掲げる「デジタル・ネイティブ・ストア」の基本思想だ。
「店舗で売る」という従来の枠組みに囚われず、デジタルネイティブ世代の利用が進むブランドとの共創を進め、リアル店舗ならではの体験やコミュニティの場を提供するこの取り組み。具体的には、D2C(Direct to Consumer)やサブスクリプションモデルなどのサービスを提供する企業と連携して、新たな店舗作りを進めている。
過去5年間、同社は店作りのスタイルを販売利益よりマージンを得る「百貨店型」から、賃料収入を得る「ショッピングセンター型」へとシフトさせて、成果を上げてきた。今回の新たな戦略は、この延長線上に位置付けられるものだという。
デジタル・ネイティブ・ストアを標榜する丸井グループにとって、「店舗」の位置付けはどのように変わっていくのか? 同社 店舗プロデュース部長の山口博行氏に話を聞いた。
「売らなくてもいい」店舗への変化
――この5年間で、マルイでは店舗のスタイルを大きく変えていますよね。
はい。丸井グループは2015年3月期より、商品を仕入れて販売する「百貨店モデル」から、定期借家契約により家賃を得る「ショッピングセンターモデル」へと舵を切っています。
この変化の背景は、これまで売り上げの中心を占めていた衣料品、雑貨などの消費支出が年々、減少傾向にあったことです。一方で、店舗数は増え続け、さらに消費者のニーズは「モノからコト」へと変わっていきました。商品の購入よりもサービスにフォーカスした店舗づくりが求められるようになっていったんです。
――「サービスにフォーカスした店舗」が、ショッピングセンター型だったと。
はい。「コト」を目的とするお客様のニーズを満たすのは、「商品を仕入れて大量に売る」ことが前提となる百貨店型のビジネスモデルだと難しい。ショッピングセンターのように賃貸収入によるビジネスモデルを構築することで「物を売る」ことに囚われず、「サービスや飲食などを楽しんだり、体験したりする」店舗へと変化する必要性を感じたんです。
――ビジネスモデルを変えることは大きな意思決定だったと思います。
大きなきっかけとなったのは「町田マルイ」(東京都町田市)の成功でした。町田マルイは、もともとフロアごとにメンズ、レディース、雑貨などがはっきりと区別され、アパレルの比率が7割を超えていました。そんな従来型の店舗を2014年に全面リニューアルし、ショッピングセンター型モデルを導入したんです。
お客様のメインの入口である2階を飲食のフロアにし、さまざまなサービスのテナントを展開。その中には、マルイでは初の試みとなる漢方専門店などもあります。それによって、これまでマルイの中心だった若年女性だけでなく、あらゆる年代のお客様に楽しんでいただく店舗へと脱皮できた。それ以来、この取り組みを全店へと広げていくことになったんです。
――まさに「モノからコト」への転換ですね。
そうですね。別の背景としては、ECの伸長もあります。マルイのECサイトである「マルイウェブチャネル」は右肩上がりの売上で推移している一方、店舗の売上は右肩下がり。お客様にとってECは、いつでも開いている利便性の高い場所です。
そんなECに対して店舗が勝るのは「物を売る」ことではなく、「リアルな体験ができる」ことではないか。中でも、実際に物を見たり試したり、あるいは気の合う仲間と喋ったりして「楽しい!」と感じる体験は、ECよりも店舗のほうが優れていますよね。
これまでのようにネットと店舗で線を引くのではなく、店舗もネットも一つのチャネルとして見ること。それが双方にとって相乗効果を生むのではないかという仮説を立て、それがデジタル・ネイティブ・ストアという発想へとつながっていきました。
「顧客とのエンゲージメントの場」としての店舗
――デジタル・ネイティブ・ストアには現在、ビジネスウェアのD2Cブランド「FABRIC TOKYO」、ペンタブレットの「Wacom」、中古ホビーの「駿河屋」といったテナントが加わっています。新しいビジネスモデルと連携すると、店舗づくりにはどのような変化が生まれるのでしょうか?
たとえば、オーダーメイドスーツなどを展開するFABRIC TOKYOは、店内にスーツが1着もなく、お店には生地見本が並んでいるだけなんです。渡されたタブレット上で、自分の好みの型やボタンの数、素材や生地などを細かく選び、採寸をしていきます。スーツはその場でタブレットから注文してもいいし、家に帰ってネットで買ってもいい。私自身、初めて利用した時には「店舗に商品が並んでいなくてもスーツが売れる」ことに驚かされました。
そして、オーダーしたスーツは、店舗に取りに来なくても家に届きます。実際に身につけてサイズが合わないなどの不都合があれば直してもらい、同じようなものが欲しくなればオンラインで再度購入することもできる。FABRIC TOKYOでの購買体験を通じ、デジタルがリアルに入り込むことによって生まれる新たな体験を実感したんです。
――では、Wacomの体験型ストアはいかがでしょうか?
Wacomは今まで、家電量販店などを主な販売チャネルとしていました。しかし、売り場にはメーカーの人間がついておらず、お客様は必ずしも製品の情報に詳しくない中、自分が知っている情報の範囲内で購入していた。そこで、当社は店舗運営を受託し、マルイのスタッフが接客をすることにしました。
マルイには、接客のノウハウを持った人材がいるため、お客様の困っていることに気づき、そこに主体的に関わることができます。それは「混んでいて、どこに並んでいいか分からなくなっているお客様には声をかけてフォローする」といった接客マニュアルにも書いていないような小さなことかもしれません。ですが、これを徹底することで、お客様が気持ちよくショッピングを楽しむことができるようになるのです。
ここでも、その場で買ってもらうことではなく、商品を体感してもらうことに主眼を置きました。実際にデータを見てみると、マルイで体験したお客様はその後、ECなどでも購買単価が高い傾向にあることがわかっています。体験し、説明を受けることによって、より機能が充実した高額商品を選ぶことにつながっていたんです。
――「接客」という既存のアセットを生かしたビジネス展開もされていると。
はい。新宿 マルイ アネックスに出店する駿河屋には、「マルイに入ること」の価値を提供しています。新宿マルイ アネックスにはアニメのイベントスペースがあり、大勢のファンも来店する。そんなお客様が、駿河屋で買い物するだけでなく、価値の高いグッズを売りにきてくれます。
もともと、駿河屋の旗艦店となる秋葉原店は、利用客の90%を男性が占めており、女性客は10%しかいなかった。今や、アニメは男女関係なく興味を持つものなのに「秋葉原には足を運びづらい」という女性客が潜在的に数多くいたんです。新宿には、今まで秋葉原に足を運ばなかった女性も来店し、価値のある商品を売りに来てくれるようになっていますね。
――リアル店舗を「顧客とのエンゲージメントの場」として捉えているそうですね。
発想のきっかけとなったのは、2018年に新宿マルイ本館にオープンした「Apple新宿」でした。水面下で何年も調整しながら、日本で初めて商業施設に導入できた店舗です。
Apple StoreではスマホやPCを買うことができます。しかし、多くの来店者にとって「物を購入すること」は主眼ではない。アップル製品の使い方、あるいはAppleの文化や理念を深くお伝えすることで、「ファンになってもらう場所」がApple Storeなんです。
それによって、世界一時価総額が高いブランドが生み出されている。彼らの取り組みは「店舗」を考える上で、ひとつの究極の姿なのではないかと実感しました。
――たしかに、Apple StoreはAppleというブランドを体験する場所になっていますね。
2017年に新宿マルイ本館に入った「lululemon(ルルレモン)」というカナダのヨガブランドも、顧客とのエンゲージメントに対して真摯に向き合ったブランドです。ヨガ用品の販売をおこなう同社では、楽しみながら走れるマラソンイベントを企画するなど、顧客視点を意識したイベントを随所に盛り込んでいます。
売ることではなく、お客様に楽しんでいただくことでエンゲージメントを作る。それによってユーザーからの共感を得ているんです。
「顧客とのエンゲージメントの場」という言葉に、明確な定義があるわけではありません。しかし、こうした活動を参考に、販売するだけでなく、ブランドの思いを知ったり、ファンになったりする場へと店舗の価値を広げること――それが目指す方向性と考えています。
10年後には「店舗に住む、泊まる」ことも?
――今後、デジタル・ネイティブ・ストアへの転換を推し進めることで、店舗においてはどのような顧客体験の実現に取り組んでいくのでしょうか?
顧客体験には「便利」「お得」「楽しい」という三拍子そろった体験が重要と考えています。デジタルで顧客体験を改善しようとすると、どうしても利便性に目が向きがちですよね。もちろんそれも大事なことですが、「わくわく」「楽しい」「ドキドキ」といった気持ちは生まれづらい。利便性だけでは、これからの購買は不十分になってしまうんです。
「物を売る」ことよりも、「ポジティブな感情を生み出す」ことが、店舗にはより求められるようになっていくでしょう。そして、それはAppleのように付加価値の創造にもつながっていくもの。リアルならではの「エンゲージメント」「体験」「交流」などによって、感情を動かしていくことが重要だと考えているのです。
――わくわく、ドキドキといった感情にフォーカスできるのは、これまで長年に渡ってリアルの場で顧客に寄り添ってきた丸井グループだからこその発想ですね。
そうかもしれません。もうひとつの要因として「エポスカード」という当社のクレジットカード事業があります。エポスカードによって顧客との接点を常に持てるからこそ、店舗で商品を販売することを至上命題とせずにすむ。
デジタル・ネイティブ・ストアの発想の基礎として「その場の売上ではなく、LTV(生涯収益)を指標にしながら、どれだけ長く顧客とお付き合いを続けられるか」というものがあります。エポスカードは、お客様とのお付き合いを続けていくための媒体になってくれる。このアセットを絡められることも、当社の持つ強みと言えるでしょうね。
――山口さんは今後、店舗の姿がどのように変わっていくと考えますか?
人口の減少、ECの拡大などによって、売り場としての店舗の数はこんなにいらなくなるはずです。10年後には「売り場として」ではなく、「場所として」どのような価値を生み出すかが重要になってくるでしょう。
マルイの店舗中に設置しているECのお受取・返品カウンターには、想定していた以上に多くのお客様が訪れています。また、社員向けの取り組みですが、本社内にEC商品を受け取る場所を作ったところ、非常に多くのニーズがありました。
店舗が物を売るだけの場所でないのと同じく、オフィスが働くためだけの場所でなくてもいい。これまでは「働く」「買い物をする」「遊ぶ」と場所ごとに目的が分かれていましたが、「場所」を軸にすれば、その目的はミックスされていくでしょうね。
――「場所」の役割が一つではなく、どんどん拡張していくと。
はい。「店に泊まる」「店に住む」といったことも考えられるでしょう。未来予想なので外れるかもしれませんが、10年後のマルイは、「住む」「泊まる」「受け取る」といった、いろいろな機能に加え、かつ楽しさを味わえる場所になっているかもしれません。
――マルイのイメージが10年後、全く違うものになっていそうですね。
そうですね。1931年に家具屋として事業をスタートした丸井グループは家具の月割賦販売で成功を収めた後、80年代にはDCブランドを始めとするアパレルの販売を手掛け、今では「体験」を提供する場所になっている。およそ90年にわたって過去の成功体験に縛られることなく、柔軟に形を変えながら時代ごとにお客様のニーズを反映してきました。
この変化していく力が、当社が持つ強みであると考えています。今後も、常にお客様との対話を積み重ねることによって、時代の変化に対応をしていきたいですね。
文/萩原 雄太 編集/庄司智昭 撮影/須古恵