いくつもの時代を跨ぎながら、人々に愛されてきた「老舗」と呼ばれるブランド。だが、変化の激しい現代においては、どれだけ歴史があったとしても、その積み上げだけで生き残ることは困難だ。
企業としていかにイノベーションを起こし、時代に即した「新たな価値」を顧客に届けていくか——模索を続けるなかで、“モノづくり”主体の老舗ながら、顧客の可能性を広げるための“体験”に着目した企業がある。
ベビー・子ども服を扱うファミリアだ。
同社の最新の店舗は、ただ「物を販売する」ためだけの場ではない。『for the first 1000days』をコンセプトに、“妊娠〜子どもが2歳になるまで”の期間を中心に、親子に寄り添うべく、店舗の空間を通じてさまざまな「体験型サービス」を提供。若い子育て世帯の話題を呼び、訪店客数・売上ともに大きく伸ばしている。
1950年の創業以来、多くのファンを抱えるファミリアは、質の高い商品をつくり続け、強い信頼感を生んできた。そんな同社が今なぜ、店舗を体験の場に変えていくのか。2015年に掲げた『子どもの可能性をクリエイトする』という理念で、どのような世界を目指すのか。
創業者の孫であり、変革のキーマンとなった5代目社長の岡崎忠彦氏に話を聞くべく、ファミリアの“今”を象徴する「神戸本店」を訪れた。
顧客に“体感”を届けるための、新たな店舗づくり
ファミリア神戸本店が、フルリニューアルを経て、「大丸神戸店」のすぐ裏にオープンしたのは2018年9月。2016年6月の代官山店を皮切りに、銀座や名古屋などで展開してきた「体験型店舗」のノウハウを結集させた“旗艦店”だ。
同店の売り場には、衣類をはじめさまざまな商品が並ぶだけでなく、ファミリアの製品を実際に体験できるスペースが随所にある。
たとえば、食器を選ぶときは、持参した離乳食を実際に子どもに食べさせることができる。また、これから子育てを始める人が沐浴(もくよく)を擬似体験できるスペースや、育児の相談ができるコンサルティングカウンターも用意されている。
同社が「体験」の核として特に力を入れるのが、妊娠から出産までの約270日と、2歳の誕生日までの730日の、合計1000日間をより豊かに過ごすための「1000daysプログラム」だ。「ベビーシャワーパーティー」や「マタニティフォト撮影会」「離乳食レッスン」など、店舗内で提供する体験プログラムは30種類以上に及ぶ。
他にも、妊婦や子どもが安心して利用できるカフェ、産前産後に特化したリラクゼーションサロン、小児科のあるクリニックを併設する神戸本店。こうした手厚いサポートの裏には、岡崎氏の、家族に対する一つの想いがあった。
岡崎氏「子どもが生まれることは、家族にとって大きなイベントです。でも、核家族化が進んでいる現代では、どう子育てをしていけばいいのかが分からない家族も多い。子育てのやり方を伝えたり、一緒に考えたいという想いから、『体感してもらえる』店舗を展開しているんです」
同店にはさらに、子どもたちが本格的な料理を楽しめるレストランや、モノづくりを体感できるアトリエ、多様な書籍の並ぶライブラリー、アート作品の展示などもある。親子を共に楽しませ、その成長を総合的に支える場となっているのだ。
これらの取り組みは、目に見える結果にも結びついている。リニューアルをした2018年9月から2019年8月の1年間で、神戸本店の客数は155.2%、売上は146.6%(前年比)と大幅な増加を見せた。体験プログラムのために来店した顧客の7割は、何らかの商品を店舗かECで購入しているという。
しかし、「体験型店舗をつくる」と決めた当初は、そんな成果は約束されていなかったはずだ。ファミリアはなぜ、このような決断ができたのか。
背景には、岡崎氏が社長に就任する以前からの、「老舗」ならではの課題と可能性があった。
ブランド×クリエイティブで、「子どもの可能性」を広げる
バブルが崩壊したあとの2000年代、ファミリアでは、大幅な売上縮小とファンの年齢層の高さが課題となっていた。「デザインが古い」と指摘されるなど、若い顧客からの認知度が年々減少。1990年代にピークを迎えた250億円の売上は、岡崎氏が代表に就く2011年ごろには、ほぼ半分にまで落ちていた。
岡崎氏「歴史がある会社だけれども、逆に言えば『伝統だけで食いつないでいる』状態でした。売上やファン層を見て、『この先どうするのか?』と社員みんなが不安に思っていましたね」
一方で、ファストファッションブームにも乗らず、高い品質で積み重ねてきた信頼感は、衰えてはいなかった。同社のアセットである「歴史と品質、その信頼から生まれるブランド力」に光を見た岡崎氏は、そこに自身の得意分野であるデザインを掛け合わせることを考えた。
ファミリアで「Creative Director」も兼ねる岡崎氏は、アメリカを拠点に活動するグラフィックデザイナー・八木保氏の事務所で10年以上働いたキャリアを持つ。ビジュアルデザインの担当としてファミリアに入社後も、カタログや店舗のデザインを担ってきていた。
岡崎氏「デザインを経営に取り入れ、クリエイティブの力でテコ入れをすれば、会社は変わると思いました。既存のブランド力を活かしつつ、今こそお客様の方を向いて、新しい仕組みを作っていくときだと」
社長就任後、岡崎氏がまず着手したのが、ファミリアの理念の見直しだ。これからは、子ども服をつくって売る仕事だけで生き残れる保証はない。ブランドを積み上げていくための言葉を探すため、社内メンバーはもちろん、外部のコピーライターとも徹底して議論した。
岡崎氏「世界を見ると、『残る老舗』はちゃんと時代に合わせた進化をしてきている。社会が変化し、親子のお金の使い方も変わってくるなかで、ファミリアはどうなっていけばいいのか。目を向けたのは、自分たちの原点でした」
岡崎氏「ファミリアは、戦後に“4人のママ友”でつくったベンチャー企業でした。もともと、服づくりだけにこだわる会社ではなかったんです。ならばもう一度、『子ども服をつくる会社』から『子どもの可能性を育てるために、あらゆることに取り組む会社』になろうと。これが、ファミリアの大きな転換点でした」
そこから、『子どもの可能性をクリエイトする』の理念と『for the first 1000days』のコンセプトが生まれた。背景には、現代の日本の子育てへの課題意識と、もう一つ、岡崎氏が見た海外事例からのインスピレーションがある。
岡崎氏「アメリカでは、病院がコミュニティをつくり、出産直後の親子をサポートする仕組みがあって、すごくいいなと思っていました。また、デンマークのルイジアナ美術館で見た、子どもたちが現代アートに直接触れられるワークショップにも感銘を受けました。
日本でも同じように、親子を支援したり、子どもたちに『本物』を届けたりする場をつくれないか。世界で“良い”とされるものを、自分たちで再編集し、提供していくことを考えたんです」
会社の方向性を感じられる「共通体験」の生み出し方
とはいえ、60年以上続いてきた老舗企業のなかで、海外でのキャリアを積んできた岡崎社長は異色の存在だ。多くの社員はとまどいを隠せなかったが、岡崎氏は理念という「共通言語」をつくったのと同様に、多くの「共通体験」を生み出し、社内の目線を合わせていった。
岡崎氏「若い社員を中心に、僕と一緒に仕事をしてもらって、チーム全体で共通の体験を積み重ねるようにしました。たとえば商品の撮影も、モデル採用からクリエイティブまで、広告代理店に頼らず全部自分たちで行います。その過程で、どのように『子どもの可能性をクリエイト』していきたいかを、繰り返し社員に語っていったんです」
さらに、イベント企画や新たな店舗づくりなど、一つひとつのプロジェクトを岡崎氏が記録し、資料として社内で共有。どのような取り組みが行われているのか、見るだけで伝わるようにした。
岡崎氏「ビジュアルへの落とし込みは、非常に意識してやっています。そして、実は店舗も、ビジュアルコミュニケーションの一つの“ツール”なんですね。特に神戸本店は、今のファミリアの考え方を『見える化』した旗艦店。社員がそこでの取り組みを見れば、会社の方向性を理解できるようになっています」
ファミリア本社のすぐ近くに位置する神戸本店は、顧客が「サービス」を体験をする場でありながら、社員が「顧客との触れ合い」という共通体験をする場でもある。顧客接点の中心地ができ、実際に社員のアクションも変わってきた。
たとえば、デザイナーが神戸本店へ常駐することで、スタッフや顧客からデザインへのフィードバックを直接得られるようになった。現場が何を求めているのか、リアルな情報を収集できるのだ。
岡崎氏「今開発している商品には、現場の声がかなり影響しています。想定していたデザインをスタッフに伝えて、感触をつかんだり、お客様の反応を見たり。仮説を検証する機会は多くなりました。逆に、『少し古いと思っていたデザインのなかに、若い顧客に好かれるものがある』ことも分かりましたね。特定の人間だけが机上で考えていたら、見えなかっただろうなと思います」
岡崎氏「また、神戸本店の取り組みを参考にして、それぞれの店舗でも、お客様への接し方や、提供できる体験を考える動きが見られるようになりました。『あのお店で働きたい』と思って、本店で働くためのスキルを身につけるスタッフも出てきています。旗艦店を通して社内外とコミュニケーションをとることで、自分たちが顧客に何を届けるべきか、はっきりしてきたなと感じますね」
子どもたちに「本物」を提供する、どこよりも“おもしろい”企業へ
社員が「共通体験」をもとに同じ方向を向き、親子のサポートやエンターテインメントという「顧客体験」を届けるファミリア。神戸本店をはじめ、展開する体験型店舗では、これまでのコア顧客層であった祖父母世代の来店者はもちろん、若い母親・父親も多く、売上も好調だ。
とはいえ、岡崎氏はまだまだ満足していない。今後は教育事業にも、これまで以上に力を入れていく考えだという。
岡崎氏「僕は“良質なインプット”が一番大切だと思っているんです。たとえば、子どもたちが『本物』のアートに触れると、描く絵もアニメキャラクターだけではなくて、アートや歴史が題材になってくるんですよ。本店のレストランには『本物』の薪窯があるので、子どもたちが自分だけの、『本物』のピザを焼くこともできる。そんな一人ひとりの初めての体験を、できるだけ豊かにするような環境をつくりたいですね」
具体的な試みとして挙げたのが、「こどもてんらんかい」だ。ワークショップで子どもたちがデザインした服を、世界観を損なわないように忠実に図面化し、「本物」の服として再現。完成した実物は、イベントで展示した。
こうした「子どもたちが本物に触れられる環境づくり」は、ファミリアだけではできないと岡崎氏は語る。実際に、テキスタイルデザイナーの鈴木マサル氏など、多くのアーティストとコラボして作品をつくったり、愛されるロボット「LOVOT」など、企業とも連動したイベントを開催したりして、いかに子どもたちの感性を刺激し可能性を育てるか、試行錯誤を重ねている。
岡崎氏「ファミリアは、『子どもの可能性をクリエイトする』企業になると決めた瞬間に、アパレルの販売から体験の提供へ、ビジネスモデルも変えているんです。今後、各店舗はより、売るだけの場所ではなくなっていくでしょう。すべてを神戸本店のようにはできませんが、ここでの体験をどう全国に波及させていくかを、今は考えているところですね。
これからはきっと、おもしろいことを考えて、体験として届けられる企業が生き残る。だからこそ僕は、ファミリアをどこよりもおもしろい会社にしたいんです」
ファミリアがもともと持っていた「歴史」「品質」というアセットと、岡崎氏が持ち込んだ「デザイン」の力。そこに「体験」が掛け合わされ、ファンは店舗へ惹きつけられる。どれ一つ欠けても、今のファミリアは成立しないだろう。
そして、新たな体験を顧客のもとに届けられたのは、岡崎氏の「会社を変えたい」という情熱と、そこから生まれる「共通言語」「共通体験」への、社員の深い理解があったからこそだ。「老舗」がつくる子どもの可能性は今まさに、神戸から全国に広がろうとしている。
執筆/吉田瞳 編集/佐々木将史 撮影/其田有輝也