変化は本質を浮かび上がらせることに一役買う。新型コロナウイルスの感染拡大は、多くの事業者にとって変化の起点となっているが、本来やるべきであったことに取り組むきっかけにもなっている。
「本質的には今まで大切にしてきたことと変わらないと思うんです」「変わらないことを大事にしたほうがいいと思うんですよね。僕らでいうと、あくまでお客様第一」
過去、XDでも取材をした今治タオルブランドを展開する「IKEUCHI ORGANIC」ストアマネジャー兼京都ストア店店長の益田晴子氏と、アパレルブランド「ALL YOURS」を展開するオールユアーズ代表取締役の木村昌史氏はそれぞれこう語る。
3密、ソーシャルディスタンスを避けるために、店舗での接客が難しくなった両社は、2020年4月から新たに「オンライン接客」の取り組みをはじめている。新たな挑戦の最中でどんな試行錯誤をしているのか、アプローチを変えたことでどんな変化が生まれたのか、また変わらなかったことはなにか。
オンラインの座談会のような形式で、2社にお話を伺った。この内容がこれからを考える上での参考になれば幸いだ。
お客様が「店舗」に期待していることはなにか
──リアルな店舗を開くことができなくなり、販売に大きな制約が生まれているかと思います。2社にはどのような変化が生まれていますか?
益田:今まで通りの営業ができなくなって、店舗のあり方についてずっと考えています。もともと店舗は、お客様がいつ来るかわからなくても、毎日同じ時間に開けて、同じ時間に閉める場所でした。そんなことから、店舗を開き続ける意義についてこれまでも考えていたのですが、昨今の環境変化でさらに考えるようになりました。
木村:いつもどおり開店できない状況になって、あらためて「店舗の機能」について考える機会になっていますね。これまでの認識だと店舗の機能って、「実物が触れる」とか「ブランドの世界観が表現できる」だと思うんですよ。でも、その解像度で思考を止めてしまうと、お客様の目線に立てないと考えていて。
──より解像度を高めるとすると、どういうことが考えられるのでしょうか?
木村:実際に店舗に足を運んでくださるお客様は、その時点ですでにウインドウショッピングは終わっているんですよね。訪れる前に商品のことを調べているだろうし、下手したら働き始めたばかりのアルバイトよりも商品のことを知っている可能性もあります。インターネットで情報を調べられ、ECが用意されていれば購入もできる今の時代に、何の目的もなく店に入って、なんとなく商品を買う機会は少なくなっていると思うんです。
木村:ではお客様は店舗にどんなことを期待しているのか。僕は「専門家に話を聞くこと」と「購入の背中を押してもらうこと」だと考えています。お客様は、購入するときに“納得したい”と考えているのではないかと。商品のことも知っているし、どれを買うかの目処もつけているけど、踏み切れない。そんな時に店舗で話して、あとひと押しがほしいのではないかなと。
益田:来店前に商品の存在は知ってらっしゃるお客様は多いですよね。特に私が担当している京都店は店舗を訪れる人の7割がリピーター。電話やメール、SNSなどで「益田さんに任せるから、商品を選んでほしい」と言ってもらえる機会も増えていました。
事前に連絡いただいて、希望も教えていただけているとなると、予約に近いご来店なんですよね。そうすると、毎日同じ時間にお店を空けることの意義って何なんだろうなと、よりいっそう強く考えるようになって。そんなタイミングで、店舗を一時閉店しなければいけない状況になりました。
すると、お客様から「いつもみたいに話をしながら購入する手段はないかしら」とご連絡いただいて。お客様は店舗がなかったとしても「接客」的な時間を希望されているんだなとわかったんです。それで、電話やDMではなく、店舗で交わされる会話のように顔を見ながら話をする方法を模索するようになりました。
オンライン接客が提供できない”触り心地”の壁
──環境が変わったことによる、実店舗の役割の見直し。実店舗で接客できなくなったことでわかった顧客のニーズ。そういったことがオンラインの接客を始めたきっかけになったのでしょうか。
益田:そうですね。私たちは、「どうしたら店舗で交わされるような顔を見ながらの会話」ができるかを考えているときに木村さんのnoteをみて、背中を押してもらいました。木村さんはもともとオンライン接客について検討していたのでしょうか?
木村:はい。以前からオンライン接客の構想はありました。2018年から24ヶ月連続でクラウドファンディングに挑戦したとき、47都道府県のすべての場所を訪れて現地でトークイベントと試着会をセットにしたイベントを開催したんです。そのときに、各地域で出会った方々が「ALL YOURSの商品がほしい」と言ってくれたのが強く印象に残っていて。
ALL YOURSは、東京に1つしか店舗がありません。オンラインストアはありますが、直接商品に触れたり、お客様とスタッフが会ってお話する場は限られている。SNSやメールで服のサイズについて直接問い合わせをしてくださったり、東京に来たついでに店舗まで来てくださる方など、熱量の高いお客様に向けて何かできないかと考えていたんです。そのときにオンラインで店舗と同じような体験ができないかという話をしていました。
なかなか実施に踏み切れていなかったのですが、今回店舗を開くのが難しくなったことで、「今こそオンライン接客をやろう!」と踏み切ることができました。
──新しい取り組みだと思いますが、オンライン接客はどのように行っているのでしょうか。
木村:お客様に予定調整ツールの「Calendly」で接客日を選択、予約をしてもらっています。ビデオ会議ツール「Zoom」を活用して、1回の時間は40分、1日平均3~5件ほど行っています。
益田:弊社もオールユアーズさんの方法と似ています。SNSで開催日をお知らせして、メールでご連絡いただき予約してもらっています。違う点は、複数のデバイスを活用しているところですね。PCとスマホの両方でつなぎながら、お客様と話をするときはPC、見た目や質感をお見せしたいときはスマホのカメラを使用して商品を実際に映します。
また、オンライン接客を申し込むのは、お客様にとっても勇気がいることだと思います。だからこそ、私たちとしても精いっぱいのおもてなしがしたい。そういった気持ちもあってオンライン接客のアシスタントとして代表の池内が入り、職人さんのこだわりや商品が生まれた背景などのエピソードをお伝えしています。商品を使用するときの視点とその商品に詰まっている物語を共有することで、お客様の想像がふくらみ、より豊かな体験につながるのではないかと思っています。
──お客様の負担を下げるために、いろいろ試行錯誤されているんですね。今のやり方に着地するまでにはどのようなことを考えたんでしょうか?
木村:店舗におけるプロセスを分解するところから始めました。そもそも店舗の場合、来店からのプロセスは大きく4つに分かれます。「雑談的なコミュニケーション」「商品選定」「試着」「購買の意思決定」。店舗の場合、お客様は試着することで着心地がわかり、意思決定のための情報を増やせます。
オンライン接客をやろうとすると「雑談的なコミュニケーション」「商品選定」の2つしか顧客は体験することができません。なので、オンラインでは、その2つしかできないと割り切りました。実際に着心地を感じていただくまでの熱量を高めてもらうために何ができるかを模索しました。熱量を高めていただければ、「ご自宅お試し制度」なども用意しているので、そちらで着心地は試していただけるなと。
益田:うちもオールユアーズさんと同じように、「7日間返品自由」という制度は取り入れています。試しに使ってみて、想像と見た目が違っていたとか、機能性が違うなどがあれば、使った後でも返品していただけるようにしています。
ただ、タオルは触ることでわかる魅力が大きいので、オンラインでの難しさを感じています。実店舗では、新品と300回洗濯したタオルの質感を比べられる“テイスティング”を導入しており、店舗で体験してもらうことをコンセプトにしているほど触り心地は重要でした。
テイスティングの体験は、オンライン接客では限界がある。だからこそ、触覚で感じてもらえない部分を違う言語に置き換えて伝えようとしています。
──違う言語への置き換えというのは?
益田:私は商品を全て使っているので、自分が使ったときの感覚を伝えたり、他のものに例えたりしながら、お客様との共通言語を築いています。たとえば、「フォンダンショコラとレアチーズケーキ、スポンジケーキ、ミルフィーユだと、どれが好きですか?」みたいな(笑)。
──「触感」というこれまで効果を発揮していた魅力を伝えるためのアプローチがなくなったことで、違った商品の魅力の伝え方を模索が行われているんですね。
益田:あとは、購入後の体験にも温かみを感じていただきたいと思って、フォローアップも大切にしています。例えば、DMを一人ひとりにお送りするようにしたり、SNSで投稿している方にはリアクションをしたり。
木村:僕も「着てみて迷ったときはDMをください」「必要であれば、もう一度オンラインでつないで実際に着たときの様子を見せてください」といった形で、ご連絡するようにしていますね。
オンラインだから、より相手を互いを知ることができる
──オンライン接客という普段とは異なる接客にトライしてみて、なにか発見はありましたか?
木村:オンライン接客は、お客様のお宅にお邪魔する感覚がありますね。店舗で接客しているときより、お客様のプライベートな領域に近いというか。服を購入する場合、体型のことなど人によっては、センシティブに感じる内容を話す場合があります。店舗だと、周囲に知らない人もいて、話しづらいときもありますよね。オンライン接客だと周囲を気にすることなく、リラックスしながら話をしてもらえることが多いです。
益田:とても共感します。お子さんがいるお客様の接客をしたとき、お子どもが飲み物をこぼして、慌てていたりとか、店舗では見れない生活の一部を垣間見ることができました(笑)。
木村:そういう場面があると、距離が縮まった感じがしますよね(笑)。あと、オンライン接客の良いところは自宅でお話するので、お客様がほしい商品があったときに、手持ちのものとどう合わせることができるか、普段履いているパンツのサイズはいくつかなどをその場で把握できるので、提案もしやすいですね。
来店された際に自身のサイズや、持っているアイテムをお客様が覚えてないことも多い。その点、オンライン接客だと、実物を持ってきてもらって確認できます。これはオンライン接客ならではだなと思っています。
益田:オンラインならではの発見だと、オンライン接客を体験してくださったお客様から、「落ち着いて一つひとつの商品を見ることができるし、VIP待遇を受けている感覚がある」という声もいただきました。
その声を受けて初めて、店舗だとお客様が気を遣わざるを得ない状況もあることに気付いたんです。よくよく考えると、私も買い物に行ったときは「他のお客様もいるだろうし、ゆっくり商品を見たり、店員さんとお話したりするのはやめておこう」と思ってしまう。しかし店舗で接客していたときには配慮しきれていなかったなと。
──たしかに、1対1に近い状況だからこそできるコミュニケーションもありそうですね。
木村:私たちも、オンライン接客ではお客様と雑談している時間が多いですね。趣味を聞いたり、私の経験を伝えたり、お互いが知り合いになっていく時間を大切にしています。イメージとしては、カウンセリングのようなコミュニケーションに近いと思っています。お客様を知った上で「ゆるめで着た方が似合いそう」などの提案をして、意思決定をそっと後押ししたいと思っています。
オンラインだとサイズ感について気にされるお客様も多いですが、体にぴったり合うものが、その人にとってジャストだとは限りません。その人のことを知って、その人のライフスタイルに合わせた提案がしたい。そのためにじっくりと話すことも大事ですし、生活が感じることもできるオンライン接客はいいなと思っています。
益田:カウンセリングに近い感覚、わかります。私もお客様に「タオルとどう暮らしてきたのか」を聞くようにしているんです。弊社の商品を使うのが初めてだったとしても、タオルは常にお客様のそばにある。毎日のようにタオルとともに暮らしているので、みなさんタオルを使うプロなんです。だからこそ、それぞれのお客様の使い方や好みをヒアリングしながら、専門家としてアドバイスをするようにしています。
──2社とも親身になる、信頼してもらう、顧客の自己決定を後押しする、といったことを大切にされているんですね。
木村:そうですね。あくまで最終的には、お客様自身が納得感を持って意思決定してもらうことを大事にしたくて。
今年の3月から「Switch Standard Product(スイッチスタンダードプロジェクト)」という、ちょっとした行動や心のありようを変化させて「新しいあたりまえ」をつくる人たちを応援する試みを始めたんです。ここでいう心のありようで大事にしたいのが、自律性なんですよね。
一人ひとりが自律性を持ち、自分に合った着方を選択していくことが、その人のウェルビーイングにつながっていく。ALL YOURSは服を通して、人のウェルビーイングに寄与したいんです。オンライン接客で大切にしていることも、この考え方につながっています。
本質的に大事にすべきことは今までと変わらない
──新しいやり方にトライして、いろいろと発見もあったかと思います。その発見を踏まえて、今後取り組んでいきたいと考えていることはありますか?
木村:まだ確定はしていませんが、この先緊急事態宣言が解除され、コロナウイルスの影響が落ち着いたとしても、僕らはこれまで通りの形で店舗を再開しないだろうなと思っています。オンライン接客だからこそ提供できる価値が見えつつある今、店舗はもっと特別な場にしていきたいなと。
「どうしてもお店に行ってみたい」「ブランドの価値観をもっと体験してみたい」と思ってくださる方に向けた場所にしたいと思っているんです。
益田:私たちは店舗でも予約制のような形で1対1の特別な体験を届けられる機会を増やしたいと思っています。店舗に訪れる人が少ない冬の時期にはオンライン接客をするなど、お客様の動きに合わせて手段を選んでいきたいなと。
木村さんもおっしゃっているように、店舗だからこそ提供できる価値は特別なものになっていく。オンラインもいいけれど、やっぱり会いたい人には直接会いたいじゃないですか。同じ空間で、同じ空気を吸いたい。今まで通りに店舗は戻らないと思っていて、前のように気軽にお客様と会えなくなったぶん、実際会うとなったら会いたかった気持ちが爆発するんじゃないかと思っています。
そんなときに、私たちが大切にしている価値観を体感できる空間を保ちつつ、オンライン接客のようなパーソナルな体験も届けられたらなと。これにより、京都に行く目的の一つにIKEUCHI ORGANICがあるのではなく、IKEUCHI ORGANICの店舗に行きたいから京都に行く、そんな人に会いたくなる場所を目指せたらと思っています。
──オンライン接客へのトライを経て得た気づきや発見を今後に活かしていこうと考えていらっしゃるんですね。
益田:これからやっていきたいことは、本質的には今まで大切にしてきたことと変わらないと思うんです。今回は店舗に制約があるなかで、本質的な価値を届ける手段としてオンライン接客を活用しました。その結果、お客様に価値を届ける方法がブラッシュアップされました。もともと大切にしていたお客様を思う気持ち、タオルを手に取って喜んでほしいという気持ちは変わっていません。
木村:その通りですね。やっぱり新型コロナウイルスなど環境変化で変わることではなく、変わらないことを大事にしたほうがいいと思うんですよね。僕らでいうと、あくまでお客様第一。新型コロナウイルスに適応しようとして無理やり新しい手段を選択するのではなくて、自分たちが本質的に大事にしたいことをどうすれば実現できるのか、どうしたらお客様のウェルビーイングに寄与できるのか考え、行動し続けていきたいですね。
執筆/庄司智昭、編集/木村和博