「顧客の課題を解決する」ことは、ビジネスにおいて最も意識すべき要素の一つ。けれども、そこで表面的に課題を解決するのか、それとも根本から課題を解決するのかによって、大きな違いを生み出すことがある。
「子どもが野菜を食べなくて、困っているんです」
そんな顧客の悩み聞いたとき、どのように向き合うべきだろうか。「野菜をいかに食べてもらうか」という課題を解決するだけなのであれば、「すり下ろしてわからないようにする」というのが考えられるかもしれない。
しかし、こうした課題に向き合う際、問いを変えることで発想が変わり、これまでにない解決策が生まれることもある。
「野菜をいかに好きになってもらうか」と問いを変え、多くの共感を集めたプロジェクトがある。昨年、大手スーパー西友が実施した『80%のこどもが認めた野菜料理 KIDS LOVE VEGETABLES』だ。
表層の課題を解決しようとするのではなく、顧客の根底にある課題を捉え、親と子、双方に新しい道筋を示した同プロジェクトの詳細を、商品本部マーケティング部シニアダイレクターの小尾秀男氏に伺った。
動画再生93万回。親の“共感”を呼んだ『KIDS LOVE VEGETABLES』
KIDS LOVE VEGETABLESは、2019年11月から開始したプロジェクトだ。
「野菜が苦手な子どもたち」に、心から「野菜がおいしい」と感じてもらうことを目指し、3カ月かけて独自の調理方法を開発。西友の全店舗でレシピカードとして配布すると同時に、ウェブでも作り方の動画を公開した。
さらに西友は、開発した6種類の料理を113人の幼稚園児に試食してもらい、「おいしい」「ニガテ」の判定結果を公表。開発の背景から子どもたちの試食の様子までを、ドキュメンタリー動画として配信した。
野菜嫌いな子を持つ親のリアルな日常や料理を通した子どもたちの変化が多くの共感を呼び、動画の再生回数は93万回に及んだ。見た顧客からは「涙が出てきました」などの声が寄せられ、「想像以上の反響に驚いた」とマーケティング部の小尾氏は語る。
レシピカードも、補充の追いつかない店舗が出るなど、店頭の活況に貢献。2カ月でおよそ50万枚が配布されるのに合わせ、西友の青果全体の売上は2桁増となったという。
しかし小尾氏は、そうした数字面での成果はそもそも目標にしておらず、「お客様からの信頼の“結果”に過ぎない」とも語る。KIDS LOVE VEGETABLESは、どのようにして生まれたのだろうか。
親子の視点から見える「野菜が好きになること」の重要性
今回のプロジェクトを語る上で重要なのが、アメリカのウォルマート(西友の親会社)とも共有する『Happy to Help』のキーワードだ。西友のユニフォームにも採用されているこの言葉には、小売業を通じて、顧客の課題解決を「喜んでお手伝いする」という意味が込められている。
小尾氏「西友には、『お客様が楽しいと思っていただけるか』を考えるカルチャーが根付いているんです。同時に、生鮮野菜売り場としては、生産者から届く新鮮な野菜を『お客様においしく食べてもらいたい』との願いを持っていました。
そこで注目したのが、今回の『子どもたちの野菜嫌い』という課題です。私たち自身の子育ての経験も踏まえ、売り場のコアターゲットである20〜40代の親御さんが抱くであろう、“ユニバーサルな悩み”を解決できないかと考えました」
小尾氏らは顧客インサイトを裏付けるため、3~10歳の子どもを持ち、野菜をスーパーで買う男女1,000人にアンケートを実施。フルタイム勤務の女性を中心に、子どもの「野菜不足」「好き嫌い」などへの悩みが浮き彫りとなった。
ここでさらに、西友が注目したのが、“子どもの視点”だ。
「子どもが野菜を食べてくれない」は、料理を作る親側の悩み。しかし、逆に子どもから見れば、「野菜がおいしいと思えない、けれども親に食べるよう言われてつらい」という悩みが見えてくる。双方の視点をきちんと持ち、親子の悩みがともに解消される体験設計を行わない限り、本当の意味で「顧客の課題を解決した」とは言えないのではないか——小尾氏らは考えた。
小尾氏「子どもたちは、何かのリターンを期待して野菜を食べてくれるわけではありません。子どもが野菜料理を食べないと、親御さんは『せっかく作ったのに……』と悲しい気持ちになりますが、子どもからすれば『親が勝手に作った』とも言えてしまうわけです。
なので、子どもたちに無理やり食べさせる方法や、ごまかして克服させるテクニックではなく、子どもたちが『野菜を好きになる』ことが大事だと思ったんです。嫌いなまま強制された体験は続きませんが、一度好きになれば、その後ずっと食べ続けられることもある。西友として、子どもが『野菜っておいしい』と感じられ、楽しく食べられるような体験づくりができないかと考えました」
「素材を生かすレシピ」×「リアルを伝える動画」
「楽しい」という気持ちを生み出すことで、親子の生活を変えたい。西友はその手段として、家庭内に新たな体験を生み出すための、「子どもが野菜を好きになるレシピ」づくりを始めた。
開発に協力したのは、食育活動なども積極的に行っている料理家・フードスタイリストの黄川田としえ氏。子どもたちが野菜をおいしく食べられるよう両者が模索したのは、できるだけ“素材を生かす”レシピだ。
小尾氏「ブロッコリー料理であれば、ちゃんと『ブロッコリーがおいしい』と思ってもらえるレシピを目指しました。フレーバーには、子どもたちが好きなカレーやチーズを使っていますが、できるだけ野菜本来の形、歯ごたえ、匂いなどを生かすようにしています。
同時に、『本当に子どもたちが好きになるか』をきちんと検証し、客観的な“ファクト”として示そうと考えました。幼稚園児100人超を対象に実食を行い、その正直な評価を公開、80%以上の支持が得られたレシピを『子どもが認めた野菜料理』とすることに決めたんです」
この手法は、西友のプライベートブランド『みなさまのお墨付き』で用いられる、「消費者テスト80%以上で合格」の開発スキームを転用したものだ。ブランドとして開発した一つひとつのアイテムの味や量、価格などを、顧客から総合的に判断してもらう施策で、開発時点だけでなく、トレンドに合わせた細かな仕様変更の度に再テストも行っている。
“ファクト”をもとに顧客ニーズに寄り添い、プロダクトの品質向上と、西友への“信頼”を生み出してきたこの厳しい基準。それを今回のプロジェクトにも用いることで、徹底的に「顧客を中心に置く」西友のカルチャーを表したかったと小尾氏は語る。
小尾氏「試食の場に撮影を入れたのも、得られた評価をファクトとして証明したかったからです。今の時代、『世の中にないもの』をクリエイトしてきれいに見せる、かつての広告的な手法は人々に刺さりづらい。
でも、子どもたちが食べて、『おいしい』とか『食べられない』と返すことは、お客様にとってすごくリアルだし、おもしろいし、信頼できる。共感を得て、他の方にもシェアいただけるものになると考えたんです」
体験を「シェアしたくなる」意味では、子どもたちを巻き込んだ工夫もされた。例えば、店頭のカードは、ニンジン・ブロッコリーそれぞれの形に切り抜き、レシピごとに色を変えることで「6種類集めたくなる」ようデザインされている。
さらに、各レシピには「お手伝いポイント」として、子どもが料理に関わる工程も用意した。
小尾氏「人って、自分が作ったものだとそんなに否定しないんです。それに、一緒に作ることそのものが楽しいじゃないですか。
プロセスを親子で共有するなかで、子どもたちに自然と食べ物や料理に対する興味を持ってもらいたいと考えました」
カルチャーを体現し、“西友に行けば楽しい”と思われる存在に
2019年11月5日、プロジェクトがスタートすると、小尾氏らの想定を超えて動画が一気に拡散。店舗にも多くの顧客が押し寄せ、「うちの子は野菜嫌いだったんですが、このレシピだと食べられたのでびっくりしました」など、生の声も多く届いたという。
なかでも、小尾氏らが特に手応えを感じたのは、「西友って、ちょっとおもしろいことをやってるんだと思った」などのフィードバックがあったこと。親子に「楽しい」の感情をもたらしたことは、同社の『Happy to Help』のカルチャーがプロジェクトで体現されたことの、一つの証左でもある。
小尾氏「今回のレシピを通じて、お客様から嬉しい反応をたくさんいただきました。しかし、私たちは『レシピそのものに価値はない』とも思ってるんです。おいしい調理方法の提案は他のスーパーでもやっていますし、レシピサイトにも良いものがたくさんある。
ただし、『西友が考えるいいレシピ』を提案することで、背景にある私たちの思いをきちんと伝えることは重要です。企業とお客様とのコミュニケーションの一つとして、すごくいい事例になったのではと考えています」
想像以上の反応が得られたのは、顧客からだけではない。店舗で働く社員(アソシエイト)からも、「売り場が活気づいてわくわくする」「期間が終わっても、コミュニケーションボードやレシピを撤去したくない」などの声が寄せられた。自社のカルチャーを表すプロジェクトに現場が共感した点も、今回の大きな成果と言えるだろう。
KIDS LOVE VEGETABLESは現在、店頭でのプロモーションは終わり、サイトのみが公開されている。今後の展開も「準備を進めている」とのことで、何らかの形でプロジェクトとして継続する予定※だという。
コンセプトは変わらず、生活者の本質的な課題を解決し、西友のカルチャーを理解してもらうこと。そして、顧客の信頼を得ていくことだ。
小尾氏「お客様の声を聞いていると、買い物を“苦痛”だと感じている方も結構いらっしゃるんですね。特に食品売り場には、『毎日作らなきゃいけない』という義務感を持って来られる方も多い。
だからこそ、『これが楽しい』と感じられる体験を、買い物や料理を通じてもっと提案していきたいと思っています。誰だって、楽しいことは大好きですから。『西友に行けば楽しい』と思ってもらえれば、自然とお客様に選んでいただける存在になるのかなと考えています」
執筆/佐々木将史 編集/木村和博