「ただいま、電話が大変混み合っております…」
課題を抱えウェブサイトを見ると、そこには電話番号とメールアドレス。電話をかけるも、何分待ってもつながらない。メールを送るも、返信が来たのは翌日。
少なからず、こういう経験がある人はいるだろう。課題を抱えている状態で数日、ないしは数時間でも待ち続けることは決して気分の良いものではない。この課題解決の一翼を担うと期待されるのが、チャットボットだ。
世界で成長を続ける「チャットボット」市場
チャット上で自動応対するプログラムである、チャットボットは、ここ数年急速に市場で注目を集めるようになった。
背景には2016年頃から、LINEやFacebook、Google、Appleなど主要なプレイヤーが、チャット機能にボットを連携させるAPIを提供しはじめたことがある。普段使い慣れたチャットツール上で利用できるのであれば、顧客側の利用ハードルも下がることもあり、各社が積極的に導入を進めた。
現状、チャットボットは、事前に作成した“シナリオ”に基づいて回答するタイプのものと、AIを用いて、都度質問と回答を学習し精度を向上させていくタイプの2種類に分かれる。また、完全にチャットボットだけで回答するものと、必要に応じ背後で待機しているサポート担当へチャットを切り替えるハイブリット型のいずれかで運用されている。
いずれも、カスタマサポートをはじめとしたオンラインの様々な場面でその活躍が期待される。英国の調査会社TechNavioによると、その市場規模は2025年に12億5,000万ドル(約1,400億円)にまで達すると予測されている。
ただ、利便性が期待できる一方で、チャットボットの注目には懐疑的な声もある。ガートナーが2018年に発表した、顧客体験考える上で重要とされるキーワードを整理した『日本におけるCRMのハイプ・サイクル』によると、チャットボットは過度な期待のピークに入ろうとしている。
また、2018年に提供されるチャットボット/VAアプリケーションの4割は2020年には廃止されるという予測もある。
では、その生き残るチャットボットは、どのようなものなのか。顧客の現状を理解することで、自然と残るチャットボットが見えてくるのではないだろうか。顧客体験の視点から、チャットボットの可能性を整理していきたい。
チャットボットが変える3つの顧客体験
時間を問わず、顧客に対応
まず想定されるのは、24時間365日、時間を問わないサポートの提供だ。一日働いて帰宅した後、サイトを閲覧していて問い合わせをしたくなっても、対応時間外ということは珍しくない。
2016年のフューチャーショップの調査によると、ECサイトは利用時間のピークは22時頃だという。つまり、一般的なカスタマーサポートの時間外において、顧客がサポートを求める可能性が高いことを意味する。
チャットボットであれば、企業側の人員配置やサポートセンターの営業時間問わず、AIないしは想定されるシナリオを元に、ボットが課題解決を支援する。どんな時間でも応答してくれるというのは、ユーザーとしては自分が時間を調整する必要がなくて助かる。
アスクルの展開するECサイト『LOHACO』では、一日の顧客問い合わせの4割が営業時間外だったという。同サイトでは、2014年にカスタマーサポートを担当するチャットボット「マナミさん」を導入。営業時間外はチャットボットが回答、営業時間内はチャットボットを入り口に、必要に応じオペレーターへ接続する形で24時間365日支援を提供している。
LOHACOでは、2016年時点で全顧客対応の1/3をマナミさんが対応する状態を実現。2017年からはIBM Watsonを用いた自然言語処理と機械学習を導入し、その精度をより向上してきている。
メルカリも、FAQの内容を元に追加学習を行ったチャットボットを2018年11月より導入。「グローバルワーク」「ニコアンド」等ファッションブランドを展開するアダストリアも自社ECサイトおよび、店舗で購入した商品へのサポートにチャットボットの導入を2018年6月に発表した。FAQだけでなく、自社での顧客対応経験などを元に、機械学習型のAIを搭載したエンジンを利用している。
いずれも、カスタマーサポートの負荷軽減と、問い合わせ対応速度の向上が狙いだが、顧客側にとっても課題解決の速度をより上げる意味合いは大きいだろう。
顧客の不満をいち早く解決へ導きやすく
24時間、いつでも顧客の対応が可能になると、チャンスも広がる。顧客に問題が起こった際、いかに早く解決へ導けるかという観点でもチャットボットの役割は大きい。
以前XDでも紹介したように、顧客に不満が生じる事態が起こった際に、企業の対応への満足度や解決スピードによって、リピート率に大きな差が生まれる。
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顧客が不満と感じた体験の上位は、「長い時間電話で待たされた(67.0%)」「Webサイトでほしい情報が見つからなかった(65.1%)」「電話をしたときに自動音声応答に手間がかかった(60.1%)」と、カスタマーサポートに関連する項目が並んでいる。
チャットボットを用いて、この状態を早く解決する、ないしは解決までたどり着かなくとも初動のアプローチをいち早く行えることは顧客の体験にとっては大きな役割を果たすだろう。
使い慣れたチャットインターフェイスによる体験価値
また、使い慣れたチャットインターフェイスによる、利便性も高い。普段、使い慣れていないコミュニケーションツールを問い合わせ時にだけ用いるというのはハードルが高い。チャットを利用する顧客が増えているのであれば、そこに対応するのは必要不可欠だ。
CTCが2017年に行った調査によると、売上規模100億円以上、従業員数200名以上の大手企業のうち3割がビジネスでチャットを導入している。ビジネスシーンでもチャットコミュニケーションが着実に浸透し、オンオフ問わずチャットインターフェイスと向き合う人々にとって、「チャットで相談する」ことは電話やメールに比べかなり身近な存在になっている。
一方、従来のWebサイト上にあるFAQページなどは、サイトごと構造や検索機能が異なり、ユーザーは都度そのサイトでの“調べ方”を考える必要が生じる。チャットボットは普段使い慣れている、「会話コミュニケーション」で答えを導けるため、顧客の学習コストが低いことが特徴だ。
北米のPizza Hutでは、2016年よりFacebook MessengerとTwitterでチャットでのピザ注文に対応。いずれも、チャットボットを活用しており、アプリのダウンロードやECサイトの利用なしに、テキストコミュニケーションだけで注文できるという。
また、「LINE」や「Facebook Messenger」といったチャットサービス上に展開しているチャットボットの場合は、「スタンプ」や、選択式のパネルなどを利用できたりと、テキストを打つ手間さえ省ける。
ヤマト運輸がLINEで展開しているチャットボットでは、アカウントを連携すれば、荷物が発送された段階からLINEに通知し、時間指定から再配達依頼まで、すべてLINE上で完結できる。
ユーザーの学習コスト、コミュニケーションハードルを下げ、いかに顧客に寄り添えるかという観点では、チャットツール上でのアプローチは、Webサイトや専用アプリよりも、より顧客側に立った戦略といえるだろう。
チャットボットが顧客体験へ与える価値は中長期にもある
顧客がすでに抱えている課題や、顧客の現状を踏まえた上で、適切なアプローチとして技術(チャットボット)を用いる場合、問題なく顧客に利用されるはずだ。当然のことながら、顧客への応対が早いだけでは不十分で、いかに迅速に問題の解消に導くことができるかが重要になる。技術先行ではなく顧客先行の視点を忘れてはならない。
チャットボットは、継続して利用されることで価値が蓄積されていく。例えば、テキストコミュニケーションは対応履歴が全てデータで残せる。そのデータは、自社の商材に対する顧客の声として活用することもできるだろう。
カスタマーサポート等だけではなく、新たな商材の開発や機能追加等、次なる展開にも活用できる可能性もある。単なる目の前の課題解決にとどまらず、中長期で顧客と向き合う視点でもチャットボットが担える役割はあるはずだ。