「日本人の栄養不足」。これだけ豊かになった時代に聞くと、違和感を覚えるフレーズかもしれない。実際のところ、私たちが「手軽に」「おいしく」食事をすることは容易になっている。
しかし、1日3食を偏ることなく食べられているかは、別の問題だ。「必要な栄養を十分に摂取して食事をすること」ができている人はどのくらいいるだろう。
好きなものばかり食べて、または逆に過度のダイエットによって、栄養が偏ることも多いのではないか。
2019年3月27日に日清食品が発売した「All-in PASTA」シリーズは、このような現代人の課題に目を向けたインスタント栄養食だ。
日清独自の技術を用いた「完全栄養食」
All-in PASTAは、「この1食で、すべての栄養、全部どり。」をコンセプトにしたインスタントのパスタである。同製品で、1日に必要な栄養素(厚生労働省『日本人の食事摂取基準:2015年度版』における「30~49歳男性の推奨量/目安量/目標量」)の約1/3、つまり1食分を摂取することが可能だという。
発売されたのは、袋タイプの麺のみ(税別400円)、麺とソースがセットになったカップタイプの3種(税別600円)、およびその専用ソースのみ3種(税別500円)の全7品。日清食品のオンラインストアか、アスクルの個人向けEC「LOHACO」で購入可能で、毎月または隔月の定期購入も用意されている。
カップタイプの場合、容器に麺をあけ熱湯を入れて6分待ち、湯切りしてソースを混ぜれば食べられる。袋タイプの麺であれば、鍋で4分茹でればよい。
同製品のポイントは、その「麺」にある。日清食品が開発した「栄養ホールドプレス製法」(特許申請中)によって、栄養成分を麺の中心部分に配合した。
小麦ベースの外層で包むことで、栄養素の劣化や酸化、また保存時の流出が最小限におさえられ、顧客が調理して食べる際にも必要な栄養素を保つことに成功している。
下は、実際の栄養素の比較表だ。調理後の麺に「ほぐしオイル」を合わせた状態で、1食あたりの推奨量/目安量/目標量を上回っている(食塩以外)ことが確認できる。
栄養食だからこそ、「味」にもこだわっているという。日清食品は麺を開発する際、約300回の試験を行い、改良を重ねて発売に至った。同社広報部の青木氏は、開発の苦労を次のように述べる。
青木氏「多くの栄養素が入ると通常、苦味やえぐみなど、味にかなりの影響が出て食べられません。All-in PASTAでは、栄養ホールドプレス製法でそれらを軽減させつつ、歯ごたえを残した切れない、真っ直ぐでおいしいパスタを実現させました」
チキンラーメンの系譜を継ぎ、日本人の栄養課題に向き合う
日清食品はなぜ今、この「完全栄養食」を発売したのか。同社が何より課題を感じていたのは、日本人の“栄養不足”だ。現代の日本では偏食、朝食の欠食、自己流の食事制限などを理由として、必要な栄養を十分にとれていない人が多いという。
厚生労働省が発表した平成29年の『国民健康・栄養調査』でも、20〜50代の女性に見られる「やせ」の傾向(特に20歳代:21.7%)が課題として挙げられている。
また、同省の策定した『健康日本21(第二次)』には「野菜摂取量の平均値 350g」が目標として示されているが、この調査によれば、野菜を350g摂取している割合は男性全体で32.3%、女性全体で29.0%となっており、20代女性に至ってはわずか14.6%だ。
青木氏「そもそも摂取カロリーが足りない場合や、カロリーは摂れていてもたんぱく質やビタミン、ミネラルが常に不足していることもあります。“新型栄養失調”や“隠れ栄養失調”などの言葉も使われ始める中、日本人の栄養不足を簡単に補えるおいしい食事を、日清食品として作りたいと考えていました」
さらにもう一つ、All-in PASTAの発想に影響を与えたものがある。およそ60年前に日清食品が生み出した、栄養食の側面を持つインスタント麺「チキンラーメン」だ。
1958年に発売された同製品は、まだ食料が十分に手に入りにくい時代にあって、「長期保存でき、調理も簡単」「おいしくて、値段が安く、安全で衛生的」という価値を提供。
これが消費者のニーズに合致し、問屋のトラックが工場前で列をなして、チキンラーメンの出来あがりを待つほどのヒットになったという。
当時の厚生省も、チキンラーメンを「妊産婦の健康食品」として推奨。関西一円の保健所に商品が展示されるまでになった。また、ビタミンB1とB2を添加した商品は、1960年に同省から「特殊栄養食品」の認可を受けた。
今回のAll-in PASTAでは、日清食品が“現代の世の中が求める簡便食”を改めて考え、チキンラーメンの現代版アップデートを試みたともいえる。
青木氏「60年前から変わらず、世の中の消費者が求めるものに合わせながら、新たな価値を提供していきたいと考えています」
“食べ続けられる”おいしさを提供できるか
All-in PASTAの販売開始と同時に、期間限定(3月27〜31日)で「阪急うめだ本店」での試食と店頭販売が行われた。チキンラーメン発売当時、初めて試食販売を実施した場所でもある。
初日、試食には長い列ができ、購入エリア付近も賑わっていた。試食すると、栄養食といった印象はなく、“ふつうに”食べることができるパスタだった。
顧客からは実際に、「栄養素がこんなに入っているとは思えないほどおいしい」との声も寄せられているという。
また、27日10時に発売が開始されたECでは、「2カ月分想定」で用意していた初回生産分が、わずか5時間で完売となったそうだ。日清食品は「予約販売」に切り替えながら注文を受け付けているが、4月末まで在庫切れは続き、5月9日時点でも品薄の状態になっている。
このような背景もあり、現状ではどんな顧客がどう購買し、どのような評価をしているのか、未知数な部分も多い。NHKの連続テレビ小説『まんぷく』の最終回(2019年3月30日)間近のタイミングに発売開始されたことで、話題性や物珍しさも影響しているだろう。
しかし、「バランスの良い食事ができていないと分かっている」「栄養を謳う商品を買っても、食べ続ける気にならない」そんな消費者の潜在的な心理を捉え、「手軽においしく、しっかり栄養を摂りたい」というニーズを顕在化させた可能性はある。
同社はホームページ上で、All-in PASTAの袋麺から、5〜10分で作れるアレンジレシピも提供。おいしさだけでなく、楽しく栄養を摂るための工夫も始めている。
栄養課題に正面から向き合ったとはいえ、「継続して食べ続けたい」と顧客が思わなければ、この盛り上がりは続かない。日清食品の新たな挑戦はまさに始まったところだといえる。
img:厚生労働省, 日清食品提供, 筆者撮影