“個”のニーズに合わせ、サービスを最適化する「パーソナライズ」。世界的に注目されているサービストレンドが、日本の美容業界にも進出しはじめている。
2018年5月にリリースされたカスタマイズのヘアケアブランド「MEDULLA(メデュラ)」を運営する株式会社Spartyは、まさにその波を牽引するスタートアップだ。
日本ではまだ珍しい、パーソナライズのヘアケアサービス。Spartyはなぜ国内であまり前例のない領域に踏み込もうと思ったのか。創業者の深山陽介氏に、MEDULLAというブランドが立ち上がるまでの話を伺った。
一人ひとりの髪に合ったヘアケア体験を日本でも
——まず、MEDULLAというサービスについて教えてください。
深山:MEDULLAは、サイト上で簡単な質問に答えるだけで、自分だけのシャンプーをカスタマイズできるサービスです。質問の数は、全部で7問。具体的には、自分の髪質・好みの香り・理想の髪質について答えてもらいます。
注文確定後は、処方結果に応じて専用のラボでシャンプーを1本ずつ手作り。ボトルには、本人のニックネームを記載します。シャンプー・コンディショナーの2本セット(6,800円)が、2ヶ月ごとに定期配送される仕組みです。
——短時間で、自分に合ったシャンプーが作れるんですね。ただ髪質については、自分で判断できないという人もいませんか?
深山:ご自身での判断が難しい場合は、都内にある提携サロンでスタイリストに無料診断してもらうことも可能です。予約をしてサロンに行くだけで、30分のシャンプー・ブロー体験を無料で受けることができます。診断結果をもとにその場でカスタマイズし、注文。その後も、スタイリストが定期的にサポートします。
コンセプトの軸は、「ガラスの靴」という名の“魔法”体験
—— MEDULLAのコンセプトはどのように決まっていったのでしょうか。
深山:MEDULLAは「パーソナライズ」のサービスですが、ユーザーに提供している価値は“幅広い選択肢”ではありません。「自分のためだけに作られている」という“パーソナライズ体験”をブランドとして提供しています。そこから生まれたのが、MEDULLAのコンセプトである「ガラスの靴」です。
——『シンデレラ』に登場する、あの「ガラスの靴」でしょうか。
深山:はい。というのも、日本の多くの女性は『シンデレラ』の物語に憧れ、あの「ガラスの靴」があれば本来の美しさを取り戻せるかもしれないと期待している。私たちが「ガラスの靴」を提示してあげることで彼女たちは幸せな気持ちになり、髪だけでなく全体も美しくなっていくのではないかと思っています。
「7つの質問に答えるだけであなただけの魔法をお届けします」というMEDULLAの創業当初からのメッセージは、まさにそこから着想を得ました。
——“7つの質問に答えるだけで”という部分が「手軽さ」を際立たせていて、女性からのよい反応も得られやすそうですね。
深山:とくに「質問の少なさ」と「商品に自分の名前が入る」という体験が、多くの女性に気に入ってもらえていますね。
ただ、今でこそMEDULLAは「パーソナライズ」のヘアケアブランドとして提供していますが、当初、私は「パーソナライズ」は日本では受け入れられないと考えていたんです。
身近な人の悩みをきっかけに感じた、従来の購買体験における課題点
——意外でした。「パーソナライズ」が日本では受け入れられない、と考えていたのはなぜだったのでしょうか。
深山:私は前職博報堂で働いていて、そこで大手化学メーカーや化粧品会社のマーケティングを担当していました。そのときの経験で、消費財市場における知見はありました。
消費財における新たなトレンドとして、「D2C(Direct to Customer)」についても海外を含めてさまざまな企業を見ていて。「パーソナライズ」が世界で注目されているんだ、ということも分かっていたんです。
ただ最初は、「パーソナライズ」が日本でどう響くのかが見えてこなかった。というのも、日本は外国ほどの多人種国家ではないので、体のつくりに大きな差はない。そう考えると、日本で「パーソナライズ」をする意味はあまりないのかなと。
——なるほど。その考えはなぜ変わったのでしょうか?
深山:妻が自分の髪に合ったヘアケア商品にたどり着けず、悩んでいたことが一番大きかったですね。彼女は中学生の頃からくせ毛がコンプレックスで、これまでにありとあらゆる商品を試したものの、使っている商品が自分に合っているのかすら分からなかった。周りを見渡してみると、妻と同じように「選択肢が多すぎて逆に選べない」という課題を抱えているひとが多いと気づいたんです。
——ドラッグストアの棚にも、目を見張る数のヘアケア商品が並んでいますよね。
深山:あの中から自分にぴったりの商品を探し当てるのは、くじ引きを引き当てるようなものだと思います。ユーザーのデジタル体験がPCからスマホにシフトするなかで、今や自分好みの情報はタップ一つで手に入るようになりました。
そんな状況で、長い時間をかけて自分に合った情報やプロダクトを探す行為は、ユーザーにとって苦痛でしかない。自分に適したものが簡単に手に入るという体験が、従来の購買行動ではまだ難しいと感じていました。
——その課題を解決する手段として「パーソナライズ」に行き着いたと。
深山:ただ、日本人の髪のタイプは大きくわけて8種類しかないと言われています。そう考えると、日本では海外ほどの「パーソナライズ」の幅は必要ありません。
——それで、MEDULLAでは選択の幅ではなく「体験」を重視したのですね。
深山:日本における「パーソナライズ」というのは、正しい処方を提供してあげるのはもちろん、そのプロダクトが自分にぴったりの“魔法”だと感じてもらう体験を最初に提供できるかが、海外と違って重要だと考えています。
学生時代から「ブランド」に対する熱量は大きかった
—— MEDULLAのコンセプトからも「ブランド」に対する強いこだわりが感じられます。起業する際、会社員を辞めることへの不安はなかったのでしょうか。
深山:葛藤は非常にありました。大学生の頃から自分でブランドを立ち上げたいとは思っていましたが、具体的に動いていたわけでもなく。博報堂に就職してからも毎日が楽しかったので仕事を辞めるつもりはありませんでしたが、同時に自分たちでリスクを取らなければブランドは作れないとも感じていました。ブランドはストーリーであり体験でもあるので、会社員のままでは生まれない。
——「ブランド」にかける強い思いが、退職をあと押ししたと。
深山:そうですね。ブランドそのものが好きで、Louis Vuittonなどのメゾブランドをいくつか調べたことがありましたが、あのような高級ブランドは元々全部「パーソナライズ」なんです。
セレブ向けに皮の素材をゼロから仕立て上げ、それが徐々に受け継がれて一般消費者に使用されるようになった。目の前の人に向けて泥臭くカスタマイズして提供する。その努力を受けた人の感動が、後々ブランドになっていくのかなと。
たくさんのブランドが溢れているなかで、どれだけ強い体験を顧客に与えられるかを考えたときに、自分でやるしかないと思いましたね。そして、強い体験を与えるためには、「パーソナライズ」だ、と。
——実際にMEDULLAを立ち上げるにあたって、既存で確立されている海外ブランドを参考にされたのでしょうか。
深山:もちろん、海外ブランドも参考にしました。具体的には、D2Cブランドにおけるさまざまなジャンル別のグローバル市場規模。UX・UI、購買頻度、競合プレーヤーも含めて海外の主要ベンチャーはリサーチを重ねました。
その他にも、BURBERRYが最新のデジタルコミュニケーションとして、カスタムメイドコートのオンライン販売を始めたこと。Mercedes-Benzがこれまで非公開だったエンジンを手作りするフローをファン向けに公開し、そのロイヤリティーを引き上げたことなど、往年の企業の事例もMEDULLAの戦略に活かすために注目しましたね。
ブランドそのものへの圧倒的な熱量を糧に、日本の女性に「パーソナライズ」の価値をもたらすべくして生まれたMEDULLA。
単に海外のトレンドとして持ち込むのではなく、日本というフィールドにフィットするブランドコンセプトを作り上げた。
続く後編では、そのコンセプトを軸にして、いかに顧客一人ひとりに合わせた“魔法”という体験を提供しているのかについて探っていく。
撮影/加藤甫