2018年10月4~5日に東京国際フォーラムで開催された「アドテック東京2018」において、「感情に訴える顧客体験・顧客接点の設計」と題したセッションが開催された。
登壇したのは3名。インスタグラム日本事業責任者、日本ロレアルのCDOを経て、現在は株式会社LDH JAPANにてチーフ・デジタル・オフィサー兼執行役員を担う長瀬次英氏。
リアリティーショー『バチェラー・ジャパン』初代バチェラーに抜擢後、インテリアのシェアリングサービス『CLAS』を運営する株式会社クラスを設立した久保裕丈氏。
ダンスインストラクターや大学病院勤務、警察官などを経て、株式会社シーオーメディカルを創立。 最近では、女性用下着「ふんわりルームブラ」のプロモーションとして俳優の山田孝之氏が女性のバストサイズを測る企画をヒットさせた瀬出井亮氏だ*)。
*)山田孝之氏が5時間30分にわたり、300人の参加者に対してバストのサイズを測定したイベント。インフルエンサーとファンをつなぐプラットフォーム「me&stars」のオークションで出品された「山田孝之の1日受付」を、シーオーメディカルが2708万3052円で落札したことも含めて、大きな注目を浴びた。
モデレーターは、トランスコスモス株式会社 取締役 上席常務執行役員兼CMOの佐藤俊介氏が務めた。
サービス内容も事業規模も異る3名の登壇者。セッションは、三者三様、さまざまな視点からエモーショナルな顧客体験について語られた。
データは期待値を推し量るために有用
セッションのはじめには、佐藤氏から「感情に訴える顧客体験のために、データが必要か」という質問が3人に投げかけられた。長瀬氏は、顧客体験につながる“期待値”のデザインのためにデータが有用だと言う。
長瀬「サービスへの期待値が顧客の感情を左右します。期待値を下回るか、上回るか。その期待を推し量るためにデータが必要となるでしょう。たとえば、世界3大広告賞の一つカンヌライオンズでは、観客の顔をリアルタイムで撮影し、顔の表情を読み取って、笑った回数だけ料金をチャージするサービスが紹介されていました。『笑顔1回につき100円』という料金体系が、テクノロジーによって可能になる未来も訪れるかもしれません」
2018年5月にクラスを創業したばかりの久保氏は、スタートアップの代表取締役という立場から、データの活用よりも目の前の誰かに刺さるかどうかを重視すると語る。
久保「僕の会社は0→1の段階なので、あまり市場調査などで得られるマスデータには頼っていません。そのかわり、仮想ターゲットが集まる10人規模の飲み会で、反応を見たりしています。その中の何人かにしっかりと刺さるなら、サービスは可能性があるはずです」
長瀬氏も、アナログな手法ではあるが人に会って直接話を聞くことの重要性を訴えた。
長瀬「人は言っていることと、やっていることが全然違うと思うんです。Twitterに書いていることと、本音は違ったりする。逆に、Twitterが本音で普段が建前だったりするかもしれない。しかし、実際に会うと嘘をつけない表情や雰囲気を感じ取ることができる。ビジネスには、そういった本物のデータが必要ですね」
ヒアリングしたデータは必ずしも正しいとは限らないため、仮説の精度を上げ、改善点を見つけるのに活用するのが重要だと、久保氏は言う。その意見に、瀬出井氏も同意した。
瀬出井「ブラジャーの色を決める際に、顧客にヒアリングを行いました。アクアブルーとホワイト、どちらが良いか。僕は直感的にホワイトだと思ったのですが、ヒアリングではアクアブルーのほうが支持を集めました。ホワイトはすぐに汚れてしまうと。でも、市場での結果はホワイトが圧倒的に売れたんです。データをただ鵜呑みにするのはダメですね」
SNSは定量・定性の両面を分析する
次のテーマは「SNSは、感情に訴える顧客体験のためにどのように寄与できるか」だ。
瀬出井氏は、受注1件あたりに必要とする広告費「CPO(コスト・パー・オーダー)」を主なKPIにして、積極的にSNSを活用していると語った。
瀬出井「Instagramには、多いときで何千万円という金額を広告に使っていますね。基本的にはCPOを大切にしていますが、各投稿に対してどのくらい『いいね!』や『コメント』がつくのか、またどのくらい長いコメントがつくのかも比較・分析しています」
瀬出井氏の話を受け、長瀬氏は期待値を分析するためにSNSが有用だと語る。例えば、顧客がInstagramで見て感動した風景写真やフォトスポット、食べたいと思ったカフェのプレートなどは、その光景を再現し、体験したいという欲求に変わる。つまり、画角に収まったシーンそのものが、そのまま顧客の期待値になる。顧客が求めているのは、 “その風景そのもの” という。
長瀬「僕が旅行代理店をしていたら、SNSで人気の風景写真を探します。その風景を再現するために天気予報のデータを照らし合わせたり、過去の天気から風景写真と同じ天気になる確率の高い日に、ツアーを組んだりしたらいいのではないでしょうか?」
個人の期待値を推し量るためのツールとしてSNSを捉えた場合、フォロワー数やエンゲージメントなど、情報拡散のための数字ばかりに囚われてはいけない。コメントの中身やいいね!が多い写真を分析し、どんな風景に顧客が心惹かれているのか、どんな顧客層がその風景を体験したいのかなどの仮説を導き出すのが大切と、長瀬氏はコメントを添えた。
久保氏は、サービスによってSNSの活用の仕方は変わってくるだろうとまとめた。
久保「SNSを活用して動かせる感情は、一時的な欲求なんじゃないかと考えています。かわいい、おいしそう、かっこいいというようなシンプルな感情です。
それ以上に複雑な感情を伝えようとすると、中身の濃いストーリーライティングが必要になり、運用するのに相当なエネルギーを求められます。サービスの性質やユーザーに抱かせたい感情によって、SNSの使い方は変わってくるのではないでしょうか」
業界ではタブーだけど顧客が求めていることを
セッションの最後には、「今日から使える感情に訴える顧客体験のためのテクニックは?」という質問が投げかけられた。瀬出井氏は、業界内でタブーとされていることでも、顧客が求めていることであれば恐れずに実行することを勧める。
瀬出井「女性用の下着のPRのために男性を起用することなんて、これまでの業界の常識ではあり得なかった。しかも、その男性が女性のバストサイズを測るなんて、アイデアレベルでも出てこなかったと思います(笑)。
でも、山田孝之さんのファンだったら絶対参加したいだろうし、お茶の間で話題になるようなこれまでにない企画になるだろうと思いました。顧客は求めているけど、タブーで誰もやらなかったことを初めにやってしまえば、これまでにない顧客体験を届けることができるし、それが商品の販売やサービスの拡大につながっていくと思います」
最後にマイクを渡された久保氏は、日本企業は総じて質が高いので、差別化すべきポイントを間違えてはいけないと語った。
久保「日本の高レベルなサービスにおいては、顧客がコストパフォーマンスや機能を完璧に比較することはできないと思うんです。価格などで差別化しようとすると、企業側の苦しさは増す。ブランドのパーソナリティや顧客との寄り添い方などで区別してもらうことで、より長く生き残るサービスになるのではないかと考えています」
3人の話をまとめてみよう。感情に訴えかける顧客体験の設計と言っても、企業のサービスの種類やユーザーによって方法は千差万別ではあるが、共通して言えることもある。
データはあくまでも仮説の精度をあげるために使い、鵜呑みにしすぎないこと。データを定量的に捉えるだけでなく、定性的に分析すること。そして、データを活用し、顧客の期待値を個人レベルで推し量り、そこを超えていくサービス設計すること。これらにより、感情に訴える顧客体験を提供できるのではないだろうか。
長瀬氏は「今後、マスマーケティングではなく、顧客一人ひとりがどんな体験に触れてどんな期待値を持っているかという個人の感情を可視化したデータがビジネスにおいて重要になっていくだろう」と語った。
様々なツールの開発で、感情という曖昧なものを数値化する術が生まれる現代。それらを活用すれば、今までにないほど感情を突き動かすような顧客体験を創造できるかもしれない。
写真提供:アドテック東京事務局