幼い頃は大好きだったキャラクターも歳を重ねるごとに興味は薄れ、次第に思い出すことも少なくなる。そんな経験を、多くの人がしてきているはずだ。多くはターゲットを設定しているがゆえに、通常はライフステージが変わるとターゲットから外れてしまう。しかし、幅広い年代に愛され続けるキャラクターも存在する。どのような違いがあるのだろうか。
サンリオは、長く愛され続けるキャラクター生み出した代表的な企業だ。2019年に誕生から45周年を迎えた「ハローキティ」を筆頭に「マイメロディ」や「ぐでたま」など、これまでに生み出したキャラクターは450を超える。
そんなサンリオは、ライフステージが変わっても顧客に合った方法で関わり続ける手段を「ライフタイムジャーニー」と定義し、顧客との長期的なエンゲージメントを築くこと注力しているという。どのような方法であらゆる年齢層の顧客に関わっているのか。
2019年1月11日に五反田のgoof.labで開かれた「サンリオが取組む顧客中心主義と『共感』マーケティング」で、サンリオ CDO(Chief Digital Officer)の田口歩氏が、顧客との関係性構築について語った様子から、同社の顧客中心主義の取り組みについて紐解いていきたい。
なお、同イベントは、次代を担うデジタルマーケターに向けて、DMマーケティングを基礎から学べるセミナーを提供している「日本郵便 Beyond デジタル LABO」主催で行われた。
キャラクターを介して唯一無二の体験を顧客へ届けるサンリオ
サンリオは1960年に設立。「Small Gift Big Smile」を企業理念とし、ギフト商品の企画・販売やIPビジネス、ライセンシング事業、テーマパークの運営など様々な事業を展開している。中でも、「人と人を繋ぐ“ソーシャル・コミュニケーション・ギフト”がサンリオのアイデンティティとも呼べるビジネスの中核」だと、田口氏は語る。
田口「企業理念には、『ほんの小さな贈り物が大きな友情を育てる』の意味が込められています。サンリオのキャラクターが商品・サービスを通じて人と人をつなぐことで、その関係性をより良くする。人と人をつなぐ『モノ』や『場所』を展開し、唯一無二の体験の場にサンリオがあることを目指して、私たちはビジネスを行っています」
ギフトや特別な体験を提供するために重要なのが「キャラクター」だ。キャラクターの商品が贈り物になり、人が集まる場所をつくる。サンリオを代表する「ハローキティ」や「ぐでたま」などの人気キャラクターを始め、450を超えるキャラクターは、すべてサンリオ社内で開発されている。現在は約200ある店舗にキャラクターに関する商品が並んでいる。
田口「サンリオが手がけるビジネスのバリューチェーンは、店頭から始まります。まず、キャラクターの商品をお客様に手に取っていただく。各商品の販売状況をみながら、それぞれの商品や販路を拡大していきます。これを私たちは『キャラクターを育てる』と呼んでいます。育てたキャラクターは最終的にライセンスアウトを行い、さまざまな企業のお手伝いや更なる商品の開発などでサンリオのビジネスを伸ばす要素になります」
魅力的なキャラクターを生み出すだけでは、ビジネスが始まらない。キャラクターを「育てる」ためには、いかに顧客に支持してもらうかが重要だ。そのために、キャラクターと顧客との接点を生み出すべく、リアルとデジタルの双方でアプローチしている。
リアルの接点は、サンリオショップをはじめ、“キャラクターに会えるテーマパーク”のサンリオピューロランド、Instagramの流行により需要が増したキャラクターカフェなどが当てはまる。デジタル面では、公式サイトやオンラインショップ、SNSなど用途別に顧客接点を用意。それぞれ顧客体験に違いが出ないよう、サンリオの世界観を合わせているという。
一度離れても戻ってきてもらう仕組みを作る。長期スパンで顧客と関わる「ライフタイムジャーニー」
多角的な接点から顧客へとアプローチしているが、キャラクターと顧客との関係は「良い時もあれば悪い時もある」と田口氏は言う。まるで人間関係と同じように、時期によって距離が変化する。
田口「国内の女性はとくに、幼い頃に一度はサンリオキャラクターに触れたことがあるかと思います。親からのプレゼントなどでキャラクターに接触し、小学校低学年くらいまでは身近に感じてもらえる。まずここで特別な原体験を持ってもらえるかは非常に重要です。ただ、キャラクターには流行がある。小学校中学年くらいから関心が変わり、高学年になるとキャラクター商品を持っていること自体が恥ずかしくなってしまう時もあるでしょう」
小さい頃にお気に入りだったグッズも、成長するにつれて魅力的に見えなくなる。いつまでも同じものを持ち続けることが嫌になったりもする。田口氏によると、これは食い止められないことだという。
田口「我々が考えているのは、一度離れても良いから、戻ってきてもらえる仕掛けを作ることです。母親になったとき、おばあちゃんになったとき、子どもや孫へ安心して与えられるものとして、長い人生の中でキャラクターと出会うきっかけを何回も作る。私たちはこれを『ライフタイムジャーニー』と呼び、長期にわたるエンゲージメント作りを考えています」
長期にわたるエンゲージメント獲得に必要な3つのポイント
顧客との長期にわたるエンゲージメントは、どのように作られるのだろう。田口氏は「原体験」「関係性の維持」「戻ってきやすい環境」の3つのポイントが重要だと語る。
「原体験」は、キャラクターに初めてふれた時の重要性を示している。「5歳の誕生日に母親に買ってもらったプレゼント」など、その人にとって忘れられない体験にサンリオの商品があること、想い出を紡ぐ役割を担うことで、心に残る原体験ができる。
「関係性の維持」では、商品を購入しない時期でも定期的に接点を作ることが重要という。
田口「商品を継続的に購入する関係性はなかなか続きません。購入がなくとも、関係を続けてもらうために、例えばTwitterなどの SNSをフォローしてもらう。そうすれば定期的にメッセージを目にすることができます。商品購入のような濃い関係性では無くても、どこかで顧客との接点を持ち続け、薄くても良いから長く関係を維持していく工夫をしています」
サンリオでは主要キャラクターごとにTwitterのアカウントを作っており、その数は10を超える。フォロワー数は一番人気の「ぐでたま」で100万人以上、ほかの主要キャラクターでも30~40万人もいることから、顧客との関係性維持は成功している様子がわかる。
また、各Twitterアカウントの特徴は「一人称ツイート」であること。これにより、キャラクター自身が発信しているように見える。この方法は運用が属人化するリスクがあるが、エンゲージメント率、ブランドロイヤリティが圧倒的に高いのだそうだ。
田口「SNSの効果をさらに活用していくため、ハローキティが YouTuber となる YouTubeの動画チャンネルも立ち上げました。ハローキティが一人称で喋るというかなりチャレンジングな内容ですが、新鮮だと言ってくれる若いユーザー層の取り込みを目指しています。」
原体験を作り、関係を維持したら、あとは「戻ってきやすい環境」を作る。そのために、サンリオが注力していることは、「周年・記念イベント」の開催だ。
田口「2019年はハローキティ誕生45周年なので、新しい企画『HELLO AGAIN』を実施しています。この企画では、ハローキティとの素敵な思い出や原体験をお客様から募集し、サンリオに送ってもらいます。その中から抽選をして当選した人には、自分の想いとともにハローキティのぬいぐるみを大切な誰かに無料で贈る権利が与えられ、その相手には当選者のメッセージと一緒にサンリオからハローキティのぬいぐるみが送られます。それを受け取った方もまた別の誰かにぬいぐるみを贈る権利がもらえ、ハローキティとともに人々の大切な想いが繋がり、サンリオが掲げる思いやりとみんな仲良くの輪が拡がっていきます。」
自分の原体験とともにキャラクターの商品が誰かの手元に届き、その人の原体験を呼び起こす。一度ブランドを離れてしまった人でも再び商品を手にする機会が得られる企画だ。
過去に好きだったキャラクターを想起させるため「キャラクター大賞」というサンリオファンにとって年に1度の大イベントも毎年開催している。人気キャラクターを約100キャラクターピックアップし、人気投票を行い No.1を決めるイベントだ。
田口「450以上のキャラクターのうち、実際にサンリオショップで年間を通して商品が並ぶのは10から20。大好きだった、大好きなキャラクターの商品をなかなか手にできないファンの方も多くいらっしゃいます。そんな方々にも喜んでいただけるよう、大好きだったキャラクターへの愛を表現できる場所として毎年キャラクター大賞を行っています」
投票方法はWebまたはショップでの直接投票。投票は Webが中心だが、ショップでは商品を購入すると投票用のチップがもらえ、好きなキャラクターのところにチップを置くことで投票できるという。アナログな方法だが 3割程度は店舗からも投票があるという。
顧客視点の関係作りで、生涯にわたる顧客体験を提供
サンリオが掲げる「ライフタイムジャーニー」は、デジタルが浸透したからこそ可能になった。ソーシャルメディアやデータを活用したコミュニケーションにより、長期的な関係性構築ができる。デジタルとリアルにまたがるお客様との接点を包括的に捉えることで、より一層お客さまに寄り添った特別な価値や共感を提供していきたい、と田口氏は述べた。
田口「アナログ施策の強みは、イベントなどで体験を通した深い感動や、共感が得られること。これがキャラクターを想起させるための非常に大きな鍵だと考えています。一方でデジタルは、その場で起きた感動や思いを即時に拡散、幅広いリーチを獲得する強みをもっています。この二つを適切に組み合わせることで、アナログで体験したものを瞬時に、あらゆる人へ伝えられます」
イベントやキャラクターカフェなどに行き、その様子をSNSで拡散。この代表的な例が2016年に行われたポムポムプリン20周年イベントの一つ「抱きつきプリン」だという。イベントは新宿の地下通路にポムポムプリンの世界観をイメージした巨大ぬいぐるみが飾られるというもの。公式Twitterからの投稿は約7万リツイートされ、実際に現地に行った人からも抱きついた写真やその感覚などを添えてかなりの量のツイートがされた。
田口「ハローキティなど、サンリオのキャラクター達は 90%を超える高い認知度を誇ります。けれど、高い認知だけでは必ずしもビジネスにはなりません。必要な時に想起されることが重要であり、思い出してもらうきっかけが必要です。そのためには、こういったアナログでの体験やSNSでの拡散などで、顧客との関係を常にオンの状態にしておくことが大切だと考えています。」
知っていることと、手に取ってもらえることの間には大きな隔たりがある。誰かにプレゼントを贈りたい、あの人と楽しい思い出を作りたい、と思った時に必要なのは、思い出してもらうことだ。
「買っておしまい」の時代は終わりを告げた。多くの企業が、買ってもらってからが始まりとなるビジネスへとシフトし始めている。だが、それらの企業の中でもサンリオほど長期で顧客との関係構築を行おうとしているところは稀だろう。
世代を超えて選んでもらうブランドであり続けるためには、ライフステージが変わっても顧客と向き合い続け、関係構築に取り組んでいかなければならない。
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