「ワークライフバランス」という言葉に違和感を覚えたことはないだろうか。ここにある2つの要素は、それぞれ独立したものなのかと。そんな疑問に、ある宿泊施設はこう答える。
「『ワーク』と『ライフ』は分けるものではなく、一日の中で何度もオーバーラップをしながら個々の生産性を高めていくもの。そんな関係が、私たちがお客様に伝えていきたい未来のライフスタイルの1つである」
こう語ってくれたのは、宿泊施設「The Millennials(ザ・ミレニアルズ)」を手がけるグローバルエージェンツ。同社がターゲットにするのは、主に1980年から2000年前後に生まれたミレニアル世代だ。The Millennialsは、2017年7月に第1号店を京都河原町三条、2018年3月に2号店を渋谷に開業。2019年7月下旬には、福岡県博多に3号店をオープンするなどの展開を見せている。
The Millennialsがミレニアル世代の心をつかんできた「新しいライフスタイル」とは――。その顧客体験に注目し、紹介していく。
革新的なスマートポッド、大規模なパブリックスペース
The Millennialsが考えるミレニアル世代は、合理的な取捨選択をおこない、多様性を柔軟に受け入れ、自由を求めている。そんな世代にとって価値があるのは、客室内の居心地のよさではなく、客室外の体験になるという。そこでThe Millennialsでは、一般的に客室内にある水回りやデスクなどのスペースをそぎ落とし、2つの取り組みをした。
1つ目は、従来型のカプセルよりも居住性や機能性を高めた「スマートポッド」の開発だ。スマートポッドとは、床面積3㎡の客室空間に、セミダブルサイズのリクライニングベッドと大型キャビネットが搭載された多機能型の宿泊ユニットだ。
一部でプロジェクタが備わったポッドがあり、客室と通路を隔てるロールスクリーンの裏側は80インチのプロジェクタースクリーンの役割を持つ。ロールスクリーンを閉じれば、PCやスマートフォンの画面を投影して、動画サービスの視聴や旅行中に撮影した写真の閲覧が可能だ。さらに特徴的なのが、アラーム機能。セットした時刻になると、ベッドが自動的に起き上がり照明がつくことで、音を出すことなく物理的に起床を促してくれるという。こうした機能は、チェックイン時に渡されるiPod touchで操作できる。
2つ目は、ホテル全面積の20%を活用したパブリックスペースだ。寝るまでを共用部で過ごすスタイルを想定し、コワーキングスペースや自由に利用できるセルフキッチン、広々としたラウンジなどが併設されており、24時間自由に利用可能。17時30分~18時30分にかけて毎日実施されるフリービールサービスや、無料の朝食サービスもある。
広報の吉田主恵氏によると、The Millennialsの利用客層はインバウンド需要が7~8割で、これは当初の想定通り。「レジャー目的の宿泊だが夜はコワーキングスペースで仕事」、逆に「日中は出張でも夜はゲスト同士の出会いを楽しむ」などの使い方をするゲストが多いそうだ。これはまさに「ワーク」と「ライフ」のオーバーラップといえる。
人と人が出会い、生まれる化学反応を大事に
上記で紹介した取り組みは、グローバルエージェンツが創業時から展開するミレニアル世代向けコミュニティ型住宅「ソーシャルアパートメント」の思いを受け継いでいる。
ソーシャルアパートメントとは、ラウンジやキッチン、ワーキングラウンジやスタジオといったパブリックスペースが併設された賃貸物件だ。その数は全国に43棟2,500室(2019年6月現在)。「人と人が出会い、世界を広げてほしい」という願いのもと、コミュニティの創出を目指してきた。
The Millennialsでも、国内外の旅行者や出張利用者など多様な利用者層に「ソーシャルアパートメントのような交流体験を味わってほしい」という思いが込められているそうだ。
7月下旬にオープンする3号店(The Millennials福岡)では、これまでにない新たな試みもおこなわれている。それは、7月に同社が開業するライフスタイルホテル「THE LIVELY福岡」の中に、The Millennialsが誕生することだ。ホテル内に別ブランドのホテルが同居する「ホテルインホテル」という珍しい形態だ。
THE LIVELYは、224の客室とバーやオールデイダイニング、バンケットを有する同社の旗艦店。提供する価値は別だが、パブリックスペースに対する考え方が一致し、この形が実現したという。ワークショップの開催など、大型ホテルに併設されたメリットを生かした新たなThe Millennialsの顧客体験も届けられる。
このように、The Millennialsは次々に新しいライフスタイルを提案する。一方、JTB総合研究所の調査では、ミレニアル世代が持つ世界共通の特徴として、(1)リベラルで自由な発想を持つ(2)社会貢献意識が高い(3)保有することに執着せず、シェアリングサービスを活用(4)自信がSNSを通してメディアとなり、高い発信力を持つことの4つが紹介されている。
これはつまり、ミレニアル世代は社会やテクノロジーの変化の影響を強く受け、その価値観をたやすく変え得るということでもある。ではもし、ミレニアル世代の価値観が移ろったとしても、The Millennialsにおいて変わらないものは何だろうか。
吉田氏はこう話す。「『寝る』ということは、ホテルが提供する価値のごく一部。『暮らすように泊まり、遊ぶように働き、働きながら旅をする』時代における拠点として、人と人が出会って起こる化学反応や、世界が広がる体験を提供していくことは今後も変わらない」