つくり手たちの想いや原体験が詰まった、高い“熱量”を感じるブランド。XDでは取材を通じて、そんなブランドが生み出す製品やサービスに多く出会ってきた。
彼らに共通するのは、自分たちの事業をワクワクしながら語る姿勢。自らの体験から「必要だと思えるもの」をつくり出す——強い想いが、言葉の端々から滲み出ていた。
2019年10月25日にプレイドが主催した、顧客体験(CX)のカンファレンス「CX DIVE 2019 AKI」のテーマは「コンサマトリー」。“行為に目的や手段としての価値を見出すのではなく、行為それ自体を楽しむ”ことを意味する言葉の通り、事業を心から楽しむプロフェッショナルたちが虎ノ門に集結した。
セッション「熱量あるブランドづくりで、極上の体験をつくる」では、熱量の高いブランドのつくり手として、上記記事の3社が登場。
スープ専門店「Soup Stock Tokyo」など多岐にわたるブランドを展開するスマイルズからは取締役の野崎亙氏、「お菓子を、進化させる。」を掲げるBAKE Inc.からチーフクリエイティブディレクターの貞清誠治氏、日本酒のラグジュアリーブランドを追求するClearから代表取締役の生駒龍史氏が登壇し、「どのような原体験が熱量をつくっているのか?」「熱量を保ち続けるために何をしているか?」を語り合った。
ブランドの原点は「まだ見ぬ日本酒が飲みたい」
セッションのモデレーターは、オールユアーズ代表取締役の木村まさし氏。24カ月連続でクラウドファンディングを展開するなど、顧客を巻き込み続け、熱量の高いコミュニティを生んでいる。
木村氏は冒頭、そんな自社を「購入いただいた顧客と一緒にブランドをつくっていく会社」と表現したうえで、まずは3社に向け、「みなさんのブランドづくりのきっかけや、インスピレーションをもたらすものは何ですか?」と問いかけた。
最初に発言したのは、日本酒に特化したスタートアップ、Clearを経営する生駒氏だ。同社は「日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く。」のミッションのもと、酒蔵と共同で品質の高い日本酒を開発するブランド「SAKE100(サケハンドレッド)」を提供している。
生駒氏「もともとは、『おいしいお酒が飲みたい』という想いからスタートしています。私はまったくお酒に強くないんですが、それでも日本酒が好きすぎて。『まだ見ぬ日本酒を飲んでみたい』という気持ちが大きいですね」
日本酒への想いを語る生駒氏は、ウェブメディア「SAKETIMES(サケタイムズ)」を2014年から運営。数百の酒蔵への取材のなかで見つかったのが、「日本酒は安くなりすぎている」という課題だった。
生駒氏「『もっと高い金額で売れるのであれば、コストをかけてもっとおいしいお酒をつくることができる』という声が多かったんですね。付加価値の高いお酒をつくりたい、と考えて生まれたのが、『日本酒のラグジュアリーブランド』というコンセプトです。ラグジュアリーなブランドとは、“機能性”ではなく、“心を満たすこと”でお客様に貢献できるもの。私たちは、ラグジュアリーな日本酒を通して誰かの心を満たし、その人生に貢献をしていきたいと考えています」
「焼きたてのおいしさ」と「家族の風景」。鍵は幼少期にあり
続けて、BAKEの貞清氏が語る。同氏はまず、創業者の長沼真太郎氏の想いを代弁した。
貞清氏「お菓子メーカーの息子だった長沼は、幼少期にできたてのケーキを食べる機会が多かったそうです。でも、世の中にその『できたてのおいしさ』を伝えている企業はほとんどない。専門店としてそこを伝えていこうという想いから、BAKEを創業しました」
BAKEは現在、焼きたてチーズタルト専門店「ベイク チーズタルト」やシュークリーム専門店「クロッカンシュー ザクザク」、東京駅のお土産として定番となったバターサンド専門店「プレスバターサンド」など、1ブランド1プロダクトの専門店を6つ運営している。
貞清氏「『お菓子を、進化させる。』という言葉を軸に、今はできたて以外のお菓子にも挑戦しています。ブランドづくりで意識するのは、『原材料にこだわる』『手間を惜しまない』『最良な状態で提供する』の3つを常にブレさせない、“プロダクトファースト”。同時に、見せ方や届け方まで、お菓子づくりのすべてのプロセスに本気で向き合っています」
一方で、「お菓子」「日本酒」など1つのテーマを追究する2社と異なるアプローチを取るのが、スマイルズだ。
スマイルズは、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」など多数のブランドを展開。「世の中の体温を上げる」という言葉のもと、自社事業や他社のコンサルティングも行っている。
野崎氏「『世の中の体温を上げる』という理念に沿っていれば、どのようなジャンルでも挑戦するのがスマイルズの方針です。とはいえ、基本的にブランドづくりの答えは、全て自分の中にあると思っていて。それぞれの事業には、社員一人ひとりの“原体験”が込められています」
スマイルズではクリエイティブの全体統括を担当する野崎氏だが、自らの体験が元になっているプロジェクトもある。例えば、2015年にオープンしたファミリーレストラン『100本のスプーン』。お子様ランチではなく、子どもサイズにつくられたハンバーグステーキを提供するなど、「子どもたちが大人のように楽しめる空間」づくりには、氏自身の幼少期の体験に基づく想いが込められているという。
野崎氏「子どものときに、家族とファミリーレストランに行ったんですよ。父親と一緒にナイフとフォークを使って、少しだけ“大人のように”振る舞えたのが、たまらなかった。それが『100本のスプーン』の原点です。最近のファミリーレストランは、そもそも家族がいなかったり、家族がいても会話が弾む空間になっていないとも感じていたので、そこにもう一度、自分がかつて見た“家族の風景”をつくりたいと思いました」
事業に込める熱量が、どこから湧き出るのかを明かす各社。その源泉が自らのなかにあるからこそ、彼らからは「ブランドづくりの過程」自体を楽しむ姿勢が感じられる。
素敵な“年の重ね方”ができるブランドを育てる
こうして生み出したブランドの世界観をどのように浸透させていけば良いのか。今回の登壇者の共通項として、「顧客のペルソナ」ではなく「ブランドの人格」を設定していることが挙げられた。例えば、木村氏のオールユアーズの場合は、「フレンドリーでいいやつ。相手を主役にする人」という人格で社内の足並みをそろえている。
では、3社が「ブランドをつくるときに人格を設定する意義とは?」——モデレーターの問いに、生駒氏はこう答えた。
生駒氏「ブランドの哲学を浸透させるために設定しています。紳士的に接するのか、情熱的に、あるいはフレンドリーに接するのか。『ブランドをつくる』と決めた以上は、どの顧客接点で切り取っても、必ずそのブランドの性質が反映されていることが大事で、商品が良くても配送のときの梱包が雑だったり、カスタマーサポートだけがやたらテンションが高かったりしてもダメですよね。マニュアルにはなくても、右か左か考えたときに『当然右でしょ』と判断するためには、私たちが“何者なのか”をしっかりと理解している必要があります」
野崎氏「Soup Stock Tokyoも、当初から誠実なイメージがありましたが、本当は『遊び心がある』という人格もあって。その設定が実際の企画に影響を与えたのが、数年前の『Curry Stock Tokyo』です。店舗で8〜10品ほど出しているうち、カレーはいつも1〜2品。これを盛り上げたいとなり、3品にしようとしたんですね。
でも、人格から考えると、Soup Stock Tokyoさんは“やるときははっちゃける”人だろうから、中途半端なことしないよね、という話になって。そこで全品をカレーに変え、『スープのない1日』という企画にしました。結果としてお客様の『普段の期待値』を超え、新たな客層の来店にもつながったんですが、人格がわかっていたからこそ、社員も迷いなく施策を考えられたのではと思います」
野崎氏「また、人格の設定にはもう1つ、ブランドの“変化”を許容しやすくなるメリットもあります。ブランドがある程度成熟していくと、ブランドエクイティを守るだけになりがちです。そうすると、客層などが固定化され、新たな可能性を失ってしまう。けれど『人』であれば、ブランド自身がたゆたゆと揺らぎながら社会の影響を受け、“一人歩き”するんです。自分も20代、30代、40代と年齢が上がるにつれ変わってきたように、ブランドも年とともに成長させられるんですよ」
ただし、スマイルズはすでに20年事業を続けている。変化や解釈の幅をどこまで人格に持たせるかは、事業のフェーズによっても多少変わるだろう。
生駒氏「今はSAKE100を立ち上げて1年で、『自分たちはこうだ』と社内に浸透させ、人格を固めている段階です。そこに一定の“ゆらぎ”を許容するのは、正直まだ怖い。けれどある程度、顧客との関係性が固まってきたら、人格を成長させていきたいですね。顧客に教えられて、自分を理解し直す時期がくると思います」
貞清氏「BAKEは人に置き換えると、幼少期を越えた、次の段階だと感じています。人生をどう歩んでいくか考え始めたころ。スマイルズさんのように、“いい年の取り方”ができるブランドにしていきたいですね」
今日も「誰かの意志」によって、世界はつくられ続ける
ブランドに人格をつくり、自らを定義づけする。それを顧客と成長させ、新たな可能性を拓く。各社からブランドづくりのポイントが語られたところで、セッションは最後に、より事業を加速させるための方法へと議論が移る。
実際にどう人格を決め、事業に向き合っているのかと問う木村氏。登壇者3名の答えは「合意を取ることはない」という点で共通した。
貞清氏「『やりたい!』というデザイナーやマーケターに任せますね。特定の、熱量ある一人に引っ張られて決まっていきます」
野崎氏「声が大きい人が勝ちます。一番熱量の高い人の声に、他のメンバーが共感するかたちが理想なんですよ。なので多数決は採らず、『本当にこれほしい?』と議論を突き詰めて、事業をつくっています」
スマイルズでは、1人の意見で途中まで進んでいたものをやり直すこともあるという。野崎氏は事例として、「100本のスプーン あざみ野ガーデンズ」の敷地内にあった庭を、公園にするプロジェクトを挙げた。
野崎氏「最初は公園づくりを建築家に依頼していたんですが、途中で広報担当者が『違うんじゃないか』と言い出して。100本のスプーンは、子どもが大人になる瞬間をつくる場所です。ならばプロセスそのものにも、『100本のスプーンらしさ』が必要じゃないかと。そこで、その広報担当がプロジェクトマネージャーとなり、子どもたちと一緒に公園をつくっていくプロジェクトに変更しました。そうやって議論にコミットしていくこと自体が、まさに『コンサマトリー』なんだと思いますよ」
また、生駒氏も「誰かが推進力を持っていないと続かないし、最大公約数で決めるとブランドが平準化されてしまう」と述べたうえで、最後に「人間の意志」について持論を展開する。
生駒氏「世界は基本的に、誰かの『こうしたい』という意志でつくられ続けているんですよ。目の前のスマートフォンなども、人間の意志がすべての始まりで、意志に対して世界が対応していく、そのプロセスの現れだと思うんです。私たちも『日本酒の魅力を世界中に広げていく』という強い想いで、地球の裏側までSAKE100を届けていきたいですね」
事業を始め、育てるうえでは「サービスがなかなか理解されない」「一緒に取り組んできた仲間がいなくなってしまった」といった苦労もよく耳にする。そのなかでも、ブランドづくりを楽しみ、熱量を保ち続けるにはどうしたらよいか。
セッション中、モデレーターを含む4人からは、「事業が楽しい」「取り組みにワクワクしている」という想いと同時に、「ブランドに向き合う覚悟」も強く伝わってきた。
それぞれに原体験や想いがあるからこそ、プロセスを楽しむこと(コンサマトリー)ができる。楽しむからこそ、ブランドを牽引する熱量が生まれる。熱量があれば、続ける覚悟もできる——。顧客を巻き込むブランドには、その全てが不可欠なのだと思わずにはいられないセッションとなった。
執筆/吉田瞳 編集/佐々木将史 撮影/須古恵