とある日曜。複合施設「PLAY!」にある子どもの遊び場「PLAY! PARK」では、それぞれが好きなように遊びを考え実践するワークショップが開かれていた。
一人ひとつ手渡されたティッシュの箱から、子どもも大人も好きなように引き出し、かき集めて空中に投げる。お父さんをティッシュで埋める。フロアに置かれた送風機から、勢いよく舞う様子を赤ちゃんが食い入るように見つめる。
一方このフロアの下に位置する、絵とことばの美術館「PLAY! MUSEUM」では、堤大介監督『ONI ~ 神々山のおなり』をモチーフにした「ONI展」が開催されていた。会期中、同作品は国際的なアニメの賞であるアニー賞を受賞し、嬉しい話題となった。
PLAY! のプロデューサーを務めるブルーシープの草刈大介氏は、「ありそうでない場所を目指している」と話す。複数の事業主、また複数のクリエイターが関わるプロジェクトをどう率いているのか、その中でPLAY! が大事にしている軸とともに探った。
“自分たちの場所”だと感じてほしい
PLAY! は、東京・立川駅近くに2020年4月に開業した、飲食店やホテルなどを抱える「GREEN SPRINGS」内にある。近隣には広大な国営昭和記念公園やIKEA立川があり、来街者の多いエリアだ。
コロナ禍の影響で、GREEN SPRINGS全体の開業から少し遅れて同年6月にオープンしたPLAY! は、建物の2階に美術館のほかにショップとカフェ、3階に子ども向けの屋内広場を設けている。立川市との相互協力協定による、市民割引制度があることも後押しとなって、近隣のリピーターも増えているという。
PLAY! MUSEUMでは、これまでに「クマのプーさん」展や「ぐりとぐら しあわせの本」展、さくらももこ氏のマンガを題材にした「コジコジ万博」、気鋭の日本人画家として注目を集めるjunaida氏の初の大規模個展「IMAGINARIUM」などを開催してきた。
会期の長さや常設展の有無なども試行錯誤し、現在は年に4回の企画展を展開。ここでの活動を知ってもらうため、企画ごとに立川市の職員や、地域のアートや教育の関係者などを招いた「サポーター内覧会」も行っている。
一方のPLAY! PARKでも独創的な遊具がたびたび入れ替わるほか、毎日、工作などのワークショップが実施され、ミュージアムで開催中の企画との連動もよく行われている。遊具は新聞紙や布、梱包材などを工夫してつくられており、子どもたちが思い思いに楽しむことができる。
これらはPLAY! のスタッフだけでなく、東京都市大学や武蔵野美術大学の学生とも協力して計画・制作されている。
GREEN SPRINGSの一帯は、長らく国有地だったという。それを立川を拠点とするデベロッパーの立飛(たちひ)グループが買い取り、開発計画が始まった。
エリアの価値向上を見込んで企画が進むなか、立川市からも文化施設を含める要望があり、立飛は音楽ホールと美術館を計画。音楽ホールはのちに「立川ステージガーデン」としてPLAY! の建物の奥に開業した。一方の美術館は外部への運営委託が検討され、ブルーシープを含む3社が共同で名乗りを挙げた。
「もともと立飛さんのほうに、親子で楽しめる美術館というイメージがありました」と草刈氏は話す。氏は朝日新聞社で長く文化事業に携わり、いくつもの展覧会を手掛けたのち2015年に独立。2017年の暮れごろ、本プロジェクトに草刈氏より先んじて参画を検討していた、エリック・カールなどの商品化権を扱うコスモマーチャンダイズィングと子ども向け施設の運営などを手掛けるA&Bホールディングスから声がかかった。
前職で草刈氏が「ミッフィー展」など絵本を題材にした展覧会を多く手掛けていた経験も踏まえて、美術館は絵本を切り口として提案すること、あわせて子どもの遊び場は、美術館と連携した独創的な場をつくることにした。親子で楽しめる、美術館と遊び場の“組み合わせ”が、この場所の特徴になると草刈氏は考えた。
草刈氏「それぞれ単独で成立できる施設だからこそ、合わさったときの見え方を大事にしたいと思ったんです。その形を想像したら、ほかにもショップやカフェ、あるいはここでの企画を伝える雑誌を発行するなど、無限に拡張を続けていくイメージが浮かびました。
『PLAY!』という全体のネーミングは、プレゼンの時点から挙げていました。意味が限定されない、抽象的な名前がいいと思ったんです。来場者の頭の中で自由に受け止められたら、それぞれにとって“自分たちの場所”と感じてもらえるんじゃないか、と思いました
また、僕にも子どもがいますが、日本語で『遊び』というと『遊んでいないで勉強しなさい』みたいにネガティブに使うことも多いですよね。それをひっくり返したかった。英語のプレイには演じるとか演奏する、競技をするなど意味が豊富にあるのががすてきだなと思って、その背中を押すように『!』をつけました」
ジャンプではなく“背伸び”をしよう
訪れた人に、“自分たちの場所”だと思ってもらうことを意図したPLAY!。とはいえ抽象的な名称だけに、どういった施設や企画になるのかがわからない。プロジェクトを進める過程で、関わるみなが同じゴールを共有できるよう、草刈氏が合言葉にしたのが「ありそうでない」だった。
草刈氏「それを、どう実現するか。たとえるなら、ジャンプではなく、背伸びをするということだと考えました。
縁あって仲間になった各社は、これまで文化事業や子ども向けのビジネスをしてきています。そうした過去の蓄積から、大きく逸脱しよう、ジャンプしよう、ということではないんです。ちゃんとつま先は地面に着けながらも、めいっぱい体を伸ばす。そうすれば、ありそうだけれどどこにもないものができるし、その姿勢がお客さんにも伝わるはずだと繰り返し話しました」
そうして事業運営の認識を合わせた上で、表現を担う仲間として内装設計を手塚建築研究所の手塚貴晴氏・手塚由比氏に、PLAY! のサインをはじめとするアートディレクションを菊地敦己氏に依頼した。
草刈氏「こうした考え方に、形を与えてもらいたいんです、とお願いしました。『ありそうでない』を目指すと掲げても、各社の立場が異なるなかで、過去の成功例を踏襲する意見が挙がることもあります。だからこそ、ありふれたものをつくらない、この3人に入ってほしかった。
ゴールが明確になっていれば、線路がどれだけ蛇行しても大丈夫です。ただし脱線しないように、どこを走るにしても2本のレールの間隔を同じにするための要素が、インテリアやビジュアルアイデンティティだと思いました。迷いや意見の違いが生じたときも、みなで合言葉に立ち返ってここまで走ってこられました」
「僕自身は、ここで何かを実現したいというのはなかったけれど、成功させたいとは強く思っていた」と草刈氏。このプロジェクトにおける成功とは、PLAY! が来場者や立川という場所にとっての存在意義を発揮しながら、ビジネス的にも“続けていける”ことだと話す。
草刈氏「新聞社時代の企画展はすべて単発で、ブルーシープを設立して初めて継続的に運営する施設にも関わるようになりました。PLAY! の話を聞いた当時は、まさにその方法に悩んでいて。良いコンテンツをつくるという瞬間的な視点と、5年、10年先を見る長期的な視点が求められるのだと、ひしひしと感じていました。
さらにPLAY! には、立川のまちづくりという視点もありました。僕は多摩地域で育ったので、立川が数十年前からパブリックアートなどに力を入れ、まちづくりを模索していたのをたまたま知っていたんですね。改めて、立川の再開発の一端を担うPLAY! は、地元の方々に受け入れられることが大事だし、運営3社だけでなくデベロッパーや行政とも目指すところを共有するのが不可欠だと思いました」
「親子で楽しめる」に本気で挑む
ジャンプではなく“背伸び”をして、開業の準備を進めてきたプロジェクトチーム。ミュージアムでの最初の企画展となったのは、「tupera tuperaのかおてん.」だった。
絵本やイラストなど、幅広くアートワークを手掛けるアーティストユニットのtupera tuperaに、草刈氏は開業の2年以上前に声をかけた。「展覧会をしてほしい」ではなく「展覧会を発明しよう」と打診し、顔をテーマにした作品を複数発表しているtupera tuperaならではの、顔を生み出すおもしろさを体感できるいくつもの遊びができあがった。
草刈氏には、tupera tuperaとともにオープニングの企画を提供することで、当初からのテーマである“親子が来る場所”が立ち上がる期待があった。実際、PLAY! という新しい場所に予想を上回る来場者があり、にぎわったという。
草刈氏「tupera tuperaは、子どもたちがどっかんどっかん笑うワークショップも数多く提供しているのですが、彼らこそ『子ども向けにしない』と強く思っているのを感じます。子どもだけが盛り上がって、親はそれを見ているようなものは、彼らの企画にはないんですね。その基準はすごく厳しいものだと思いました。
同時にこの展覧会を通して、いろいろな仕掛けやコンテンツの中で、特に親子で熱中するものと、子どもがすごくおもしろがるもの、親のほうが感心するものなど、いろいろあることもわかった。子どもに接する経験が豊富な彼らでも、セオリーを持っているわけではなくて、模索を続けているのだと学びました」
2022年2月から4月にかけて開催していた「どうぶつかいぎ展」も、気づきが多かったという。ドイツの作家、エーリヒ・ケストナーの絵本『動物会議』を下敷きに、8つのセクションを8人のアーティストがそれぞれの手法で表現し、物語をつないでいく企画だ。
難解な構成と思われたが、大人よりも子どもたちのほうがその世界にすんなり入り込み、熱中する様子があった。それが現場の活気となり、口コミでも広がっていった。
草刈氏「子どもは物理的に視界が狭いし、制作側が展示に込めた意味も伝わりづらい。大人なら、背景にパネルがついていたり、音声ガイドのマークがあったりすれば『これが大事なんだな』とわかりますが、そうした情報を子どもはくみ取ってくれません。
その代わり、自分の好きなものをより直感的に見つけられるんですよね。楽しいとか、びっくりとか、怖いとか、そうした感情が子どものほうがダイレクトに表れてくる。tupera tuperaの展覧会から1年半ほど経って、どうぶつかいぎ展でもう一度、そんなことを突きつけられた感覚がありました」
そもそも親子向けの施設というテーマに対し、「単純に“子ども目線”にするのは間違っているな、という直感はあった」と草刈氏は振り返る。
背景には、新聞社時代に訪れた、オランダにあるミッフィーのミュージアムで感じた驚きがある。そこでは、同じ部屋に子どもだけが入れる場所と、大人の背丈だから見られる展示が共存していた。子どもを連れてくるのは大人だから、大人もしっかり楽しめる配慮があると同時に、子ども向けの展示も丁寧につくり込まれ、子どもを甘く見ていない印象があったという。
大人の見解で子どもが好きそうなものを用意することと、子どもの立場になって、その視界や体のサイズ、感受性を前提に楽しさをデザインしようとすることは違う。「これが、子どもに対するデザインなのだろう」と漠然と感じたそうだ。
草刈氏「周りが不安になるからわかった顔をしていますが(笑)、今もよくわかっているわけじゃない。子どもが喜ぶだろうと思って設けた企画が、振り返ると『失敗だった』と痛感したこともあります。あまりにもわざとらしく、誘導したようになっていたな、と。
たとえば、子どもの目の高さに気になる仕掛けを設けて『ほら、これを触ってごらん、おもしろそうでしょ?』と提示するようなものは、本来の子どもの楽しみとは違うんじゃないか。子どもが勝手に見つけて、大人の想像を超えた反応をするものをつくることが大切だと、今は考えています。
空間の使い方や動線、映像や文字など、毎回いろいろと試しています。お客さんの様子を見ながら常に改善しているので、最新の企画が常にベストだと思っています」
遊んでもらいながら変えていく。完成形のない遊具
企画を重ねるごとにベストを更新しているのは、PLAY! PARKも同じだ。ただし、1週間ほど休館して次の企画展に入れ替えているMUSEUMに対し、PARKは休みを設けずに遊具を入れ替えている。
展覧会のように一定の完成形が提示されるのではなく、子どもたちが遊ぶ場所で新しい遊具をつくりながら、ある日を境にその遊具の会期が始まるのだ。
実際、取材時に開催していた「バルーン・モンスター」の遊具がある場所に天井から垂れ下がっていたビニールテープの束は、その次の会期のメイン遊具だった。そんなことはおかまいなしに、子どもたちはビニールテープに突進して走り抜けていく。
はじめは、PLAY! PARKの遊具も“完成形”に仕上げたものを出していたが、あまり子どもたちが熱心に遊ばず、盛り上がらないこともあった。しかしそのうち、子どもたちが想定になかった遊び方を考えていくのを見て、スタッフがある部分をやり直して軌道修正するように。草刈氏はそんな様子を見て「これがMUSEUMとは違う、PARKの精神だ」と思ったという。
草刈氏「入れ替えのために休館すると、収益にも影響し、施設の継続が難しくなるのも懸念でした。そこで思い切って開館したまま、メインフィールドの〈大きなお皿〉の一角をイスで囲って、制作を始めたんです。
そうしたら今度は貴晴さんに、『なんで境界をつくるんだ、そんなのは自分たちの都合じゃないか』と指摘されて。いや、本当にそのとおりだなと思いましたね。実際、囲わずにオープンにしても、まったく問題なかった。むしろ子どもたちの次への期待がふくらんで、遊んでもらいながら次をつくるのが定番になりました」
草刈氏が施設内を歩いていると、あちこちのスタッフから「お客さんからこんな声があった」「ここは直したほうがよさそう」と声がかかる。「PLAY! では働く人同士もフラットで、何でも言いたい放題」と草刈氏は笑う。ほかにも来場者からのフィードバックとして、平日と土日に分けて常に来場者アンケートをとり、各部門の責任者が集まる毎週の会議で共有している。
ただし、オープン当初から決して変えていないこともある。「PLAY! が何なのかわかりづらい」「Webサイトや施設を『〇〇美術館』などと明記して、サイトの入口もそれぞれ別にしてほしい」といった意見が寄せられても、ここを「よくわからない存在のままにしておく」ことだ。
草刈氏「PLAY! は、MUSEUMとPARKがあるからおもしろい。PLAY! の屋号をなくして、それぞれわかりやすく整理した瞬間に、この場所に潜在的にある力は解体すると思います。美術館と同じところで365日ワークショップをやっているなんて施設は、今のところ、どこにもありません。ネーミングや、Webサイトでいろんなコンテンツがごちゃごちゃになっているわかりにくさは持ち続けるべきだと、スタッフにはいつも説明しています。
僕が好きなことであり、逃れられないとも思っているのが『よくわからないこと』なんです。体験して頭の中に広がるものは人によって全然違うので、発信する側の意図が100%伝わることはありません。それでも、僕らは言葉やビジュアルを使って何かをつくっていくのだけど、よくわからないものが存在したままであることを大事にしたい。そうできる余裕を持ちたいんです」
「よくわからない」ことを大事にしたい
よくわからないものでも、世の中でよく使われる名前や定義を与えれば明確になる。こちらの意図どおりに物事を伝えたり、体験を提供したりすることもできるだろう。しかしそうせずに、わかりにくくても何だかおもしろいもの、何だかわくわくするものをそのまま表し、訪れる人に好きなように見たり感じたりしてもらうのは胆力のいることだ。
多様な関係者をつないで前例のない場所をつくり、維持するなかで、草刈氏は子どもや大人にとってPLAY! がどのような役割を持ちつつあると見ているのだろうか。
草刈氏「ひとことではうまくいえませんが、僕自身はアートや絵本がすごく好きかというと、そこまでじゃない。でも、強い関心があります。それは『その先に何があるのだろう』と思うから。
映画を観て泣いたり、文章を読んでぐっときたり、そうした表現に心が揺れるのは、乱暴にいえば人間だけですよね。自分や誰かについて考え、想像する先に、人間だけの喜びやすてきなことがあるのではないか。それが人間の豊かさといえるのではないかな、と。
だからこそ、PLAY! はその想像力を広げられる場所、豊かさが生まれる場所であったらいいなと思います。ここだけで完結したい、ここがいちばんだとは全然考えていなくて、来てくれた子どもや大人がPLAY! を楽しんで“自分の場所だ”と思えたら、今後ほかの美術館や博物館に行っても自分なりに何かをつかめるようになるかもしれない。そんな希望を、今少し持っています」
オープンして、もうすぐ丸3年。最近、草刈氏が「とても気持ちがよかった」というのは、NHK・Eテレのドキュメンタリー番組がどうぶつかいぎ展に着目し、収録のためにPARKで4日限りの復活を遂げたこと。この場所で表現してきたことが、電波を通じて遠くへ広がる可能性もあるのだと、改めてPLAY! の自由さを感じたそうだ。
プロデューサーとしての今後の課題は、事業をより確実に軌道に乗せること。MUSEUMとPARKを両方利用すると、割引があるとはいえ遊園地並みの金額になるため、何らかの仕組みでもう少し下げられないかも思案しているという。同時に、PLAY! で大事にしていることを保ちながら、外へ出ていくことも検討中だ。すでにいくつかの自治体から協業などの相談がきている。
誰でも、どこからでも登れるジャングルジムのような。あるいは、いろいろな魚が出入りしたり隠れたりする流木のような。そんな開放的なイメージで、「PLAY! をもっと居心地のいい場所にしていきたい」と草刈氏。たくさんの人が遊び、関わるほど、PLAY! はどんどん変化して「ありそうでない」場所になっていくだろう。
取材・執筆/高島知子 撮影/須古恵 編集/佐々木将史