2018年7月21日にサービス開始から7周年を迎えた家計簿サービス「Zaim(ザイム)」。
前編では、7周年を軸に進行するリニューアルプロジェクトが始まった背景と、あらためて言語化が進められる“Zaimらしさ”について話を伺った。後編では、メンバー間でどのように“Zaimらしさ”の共通理解を形成しているのか、その取り組みについてリニューアル&ブランディングの推進担当である杉本貴昭氏と綿島琴美氏に話を伺った。
Zaimらしさは社内の共感からはじまる
—— プッシュ通知のコミュニケーションを変えたという話がありましたが、“Zaimらしいメッセージ”を個々で考えるのは難易度が高そうですね。どのようにされているのですか。
杉本:最初のコンセプト決めは、ぼくや綿島、代表の閑歳を中心にコミュニケーションを取りながら考えましたが、落とし込みは全社員でアイデアを出し合っています。
実際には、オンボーディング改善などのテーマを最初に決め、興味のある 4、5人が集まって小さなチームを作る。それから、チーム内で「このコンセプトを体現、表現するアイデアをみんなで10個ぐらい考えてみよう」という形で、それぞれがアイデアを出し合いました。
プッシュ通知の場合、アイデアの1つに「家計簿やめちゃったの?大丈夫だよ」という表現があったのですが、チーム内でも「これ、いいね!」「すごくZaimっぽい」と、共感が多くあり、それが採用されました。
—— 社内のメンバーで共感が得られることを重視しているのでしょうか?
綿島:社内で共感がどのぐらい得られるかは一番大事にしている部分です。もちろん杉本と閑歳が起点となることはすごく多いのですが、みんなが違和感を感じている状態だとZaimらしさがないことが多いんです。
—— そこは細かくルールにするということではなく、まずは社内で共感が得られるかを重視しているわけですね。
杉本:ブランドの価値観を共有することは、難しいです。だからこそ、「なぜそうしたか?」から共有することを大事にしています。たとえば、デザインに関しても「このデザインにしたのは、このようなコンセプトがあって、このような体験が必要だと思う。だから、このデザインを採用しました。みんなはどう思う?。」という風に、デザインの背景を必ず共有するようにしています。そもそも、そのデザインはZaimらしさを体現するものなのか、まずは、社員みんなが共感できるかどうかを確認しています。
ペルソナ“マリ”が与えてくれるユーザー視点
—— しかし、新しく加わったメンバーが“Zaimらしさ”を理解するには時間がかかりますよね。その点、工夫されていることはあるのですか?
杉本:みんなでZaimらしさを理解するうえで最も大きかったことは、Zaimのペルソナを立てて、それを元にした小説をみんなで書きはじめたことでした。
—— 小説ですか!?
杉本:もともとはSoup Stock Tokyoさんがやっていたことですが、ペルソナを主人公にしたショートストーリーを、閑歳をはじめ、ぼくや綿島が小説家になって書くようになりました。
たとえば、マリという20代後半の女性がいて、“彼女は、どんな風に朝を過ごすのだろう、どこでご飯を食べるんだろう”という暮らしぶり、そして、そこにZaimがどのように溶け込んでいるかを書いてます。
最初にショートストーリーを書いたのは、閑歳でした。
マリというペルソナの人格やZaimの価値観をすごく感じるような物語でした。
次第に、ぼくや綿島をはじめ、ほかの社員もショートストーリーを書くようになりました。たとえば、新しい機能や改善案を考えるときに、その体験前後だけを抜粋したスピンオフを増やしていくようなイメージです。
綿島:一時期は全員小説家のようになって、エンジニアもショートストーリーを書いていました。何か機能を考えるときに、マリはどのような暮らしの中で、何を不便に思い、どこで喜びを感じるのだろう、ということをまずは物語にするんです。
すると、「この体験は無理があるな」「マリはこんな使い方しないな」のように、いろいろと見えてくるんですよね。
杉本:また、ペルソナは、マリ以外にも5人ぐらい作っています。主役はマリなんですけど、多様性を大事にしたいなと。Zaimの世界観は「わたし = 個」を中心とします。社会において、「わたし」はいっぱいいるわけですから、いろいろな視点で考えるようにしています。
もちろん、「ペルソナみんなが満足」を目指すと、Zaimらしさがぼやけてしまうので、そこは気をつけています。ペルソナの主役は「マリ」ですが、登場人物の一人ひとりに気を配り、誰が使っても嫌に感じないサービス、否定感のないサービスであることは、大事にしています。
—— おもしろいですね。ペルソナの設定を考えて「この人にとってどうか?」ってところを検討するケースは結構あると思いますが、ストーリーまで落とし込むとまた違った見え方になりそうですね。
杉本:ストーリーボードやカスタマージャーニーと役割は一緒だと思うのですが、もっと情緒的かつ無駄な情報が多いのが逆にいいのかなと思います。
—— 色々な人が書く中で「おまえマリのこと全然わかってないな」ってことにはならないのでしょうか。
綿島:みんなが作家ですから、「うちのマリはそんなことを言わないです」「そのマリ、ちょっと違うんですけど」という意見の違いは多々ありました。でも、その話し合いを通して、それぞれの物語を通して、Zaimらしさの共通認識ができていったように思います。ショートストーリーを書きながら、「あ〜、マリってこういう人生にしたいんだ。だからZaimはこうあるべきなんだ」のように、Zaimらしさを理解していきました。あの時期は、狂ったようにマリのことを考えていましたね。
杉本:ずっと小説を書いていましたね。
綿島:物語を書くと、課題が見えてくるんですよね。そもそもやりたいことがすごいぼんやりしたなとか、Zaimらしさからずれていたな、ということが見えてくるんです。ちゃんと自分のなかで確信のないものは、最後まで書ききれなかったり、無理やりな物語になってしまったりするんです。本当におもしろい体験でした。
—— はじまりは閑歳さんがいつの間にか書き出していた感じなのでしょうか。
綿島:ブランドを再考して、どのように“Zaimらしさ”を考えるかということを検討していたとき、Soup Stock Tokyoさんの“物語で伝える”というやり方を知りました。「このやり方、Zaimでもいいかも!」ということで、まずは閑歳が書きはじめましたね。
杉本:そのあと、閑歳が書いたショートストーリーを見てすごくいいと思ったので、私も勝手に書きはじめました。
綿島:杉本が書いた物語がすごく長いんですよ。(笑) でも、それを見たら納得できることがたくさんあったんです。彼は、デザインだけではなくて、企画やディレクションも担当するのですが、ユニット(少人数のKPI改善チーム)で実施するすべての施策に、いつの間にかショートストーリーを書き出したんです。それがきっかけで、施策を作るときには、まずショートストーリーを書いてみようという流れができていきました。
理想的なユーザー像にこれから向かう人がペルソナ
—— ペルソナを設定するうえで考慮したことってありますか?
杉本:最初は、マリが求める体験や機能を素直に追い求めました。ただ、マリ視点で機能を考えると、ぱっとしない機能ばかり増えていくことに気がつきました。マリはいわゆる普通の女性です。彼女視点で体験や機能を考えると、どうしても予想の範囲内でしか、考えられなくなるなと。
マリは大事だけれど、“それは価値観に共感できるか”という視点を忘れないためであって、Zaimがどうありたいかまで決めるものではない、そのことにいくつかショートストーリーを書いて気づきました。
それから、ペルソナの捉え方を少しだけ変えました。ペルソナはターゲットそのものではなく、“Zaimの考える理想のユーザー像の一歩手前にいる人物”のようなイメージです。マリが求めるものを提供するのではなく、マリの人生を変えるものを提供しようと考え方が変わりました。
綿島:マリが「これが欲しかった」と感じるものは、実際には、すでに世の中にあるサービスを少しだけ改善した、わりと普通なものだったりします。マリが自覚していないけど本心では求めているもの、でもちゃんとマリが理解できる範疇のものを意識するようになりました。たとえば、マリが「え?」と疑問に思いわからないようなものはブランドを逸脱しすぎで、マリが「あ!」とビックリしながらもポジティブな気持ちになるようなものが、きっと正解なんじゃないかなと。
驚きは必要だけれど、マリが引いてしまったり、がっかりする、もしくは「私には無理」というネガティブな気持ちを持ってしまわないように。彼女のいままでの暮らしや価値観にはない驚きがありつつ、でも、彼女の価値観からすごく離れてるわけでもない、そんなちょうどいい距離感を探るようになりました。
この距離感はすごく微妙なニュアンスで成り立っていて、共有も難しく感じました。そこで、Slack にマリをイメージしたスタンプで「ダメ!」「わかる!」「あ!」のようなパターンを追加して、日常的に使うようにしました。デザインや企画のレビューのとき、マリスタンプを気軽につけることで、「あ〜、これはやりすぎか」「なるほど、このくらいの温度感か!」とニュアンス共有がやりやすくなったように思います。
これまでは、いちエンジニアとしての「このデザインが好き」や、いちユーザーとしての「これは使いにくい」という理由になりがちでしたが、この視点がはっきりとしてからは、「Zaimとしてどうなのか」という意見がすごく出るようになったと思います。いまは、それがどんどん熟しつつある感覚がありますね。
—— 難しいですよね。主観で言っているのか、ユーザー視点で言っているのかという点は。
杉本:マリができる前は、本当に大変でしたね。以前からレビューは全員でやる運用だったのですが、個々人の視点や価値観からのレビューが多く、何が正解かわからなくなってしまうようなことがありました。
でも、マリができてからは軸ができたので、レビューも構造化、効率的かつ一貫性のあるものになってきました。またデザイナーとしても評価軸が決まったことで、この決定は間違ってはいないという自覚が持てるようになりました。決断に伴う精神的負担が少なくなったので、より提案もしやすくなったと感じています。
—— 目線を合わせる力にもなっているんですね。
杉本:共通の評価軸がない場合のレビューでは、どうしても「ぼくはこう思う」のような個人的意見として伝わってしまいがちです。
このような感覚的なレビューには納得感が少ないです。これを繰り返していくと、次第にメンバー同士の仲が悪くなって、結果、チームがバラバラになっていくんですよね。マリのような共通の価値観があって、コンセプトを体現できているか、という視点でレビューできると納得感も強くなりますし、何より評価軸が明確なので、決断スピードがすごく早くなります。
綿島:うちはすごくフラットなので、みんなの意見を尊重するがゆえの難しさがあったんですよね。
—— マリ的にNGというのは、どのようにジャッジしているんですか。
杉本:チェックポイントのようなものがいくつかあるんです。大枠ではそれに沿っているか沿っていないかを見ています。コンセプトレベルであれば、「権威主義」「みんながやっているからこれを買おう」「みんながやっているからこれは正しい」という「わたし」基準ではない価値観が含まれていないか、などですね。ほかには、UI設計用のデザインガイドラインや言葉遣い全般を定義するライティングガイドラインなども作成をはじめました。
都度のレビューにおいては、まだまだ感覚的な判断もありますが、1年ほどやり続ければかなりの知見になるのでは、と考えています。レビュー内容はすべてアーカイブとして残してあるので、Before/After集として、少しずつ整理しています。こういった知見を言語化し、ガイドライン化することで、最終的には誰がやっても必要最低限のブランド統一を保てる状態を作りたいと考えています。
お金の面を通して人生が可視化されるデータプラットフォームへ
—— 最後に、今後のZaimの計画についてお聞かせください。
杉本: Zaimは家計簿ではなくて、お金の面を通して人生を考えるツールです。今後は、家計簿の領域を超えるような体験が必要だと考えています。
たとえば、未来の支出を予測できる、過去の家計簿データをもとに「わたしのお金の傾向」が集計をみなくてもわかる、のようなものです。Zaimを利用すれば、「なんとなくお金の帳尻があう」「家計簿つけている感覚がない」。そんな状態を作りたいよね、と代表の閑歳とも話しています。
「お金を中心とした一人ひとりの価値観・ライフスタイルがクリアになるデータプラットフォームを作る」が当面の目標です。
綿島:母の日、クリスマス、ゴールデンウィーク。毎年いろんなイベントがあって、お金を使います。いまの自分はどんな風にお金を使えるのか、やりたいことはできるのか。それを知るためには、面倒だけど、数字とにらめっこしないといけないままでは、家計簿があったとしても、やりたいことをやるために、考えることが多すぎました。また家計簿はなくなったお金を意識させるネガティブな側面もありました。
わたしたちは、もっと明日に、つまり、これからどんな楽しいことにお金を使うかに時間と心を使える世界を作りたいと思っています。Zaimはそのためのツールでありたいと思います。
杉本:そうですね。少しずつでも、求める世界観に近づきたいと思います。そのために、コツコツZaimを作っていきたいと思います。
—— ありがとうございました。
撮影/畠中彩