顧客一人ひとりのニーズに応じて、サービスを最適化する「パーソナライズ」。海外ではすでに浸透しつつあるサービストレンドを、日本の美容業界において先導するスタートアップが存在する。株式会社Spartyが運営するヘアケアブランド「MEDULLA(メデュラ)」だ。
前編では、MEDULLAが国内でパーソナライズブランドとしてのコアを築くまでの道のりに焦点を当てた。続く後編では、顧客一人ひとりに合った体験の作り方と今後の展望について、Sparty代表取締役の深山陽介氏に話を伺っていく。
「ガラスの靴体験」を創造するための工夫とは
—— MEDULLAでは、ユーザーはどのように自分に合ったシャンプーに出会うことができるのでしょうか。
深山:サイト上で7つの質問に答えるだけで、自分にぴったりのシャンプーがカスタマイズされます。処方結果に応じて一本ずつ手作りし、2ヶ月ごとの定期配送を実施しています。
——オンラインで自分に合ったモノが見つかるんですね。
深山:オンラインでの処方に不安を感じる人に対しては、都内にある複数のサロンにて直接スタイリストに診断してもらう「オフライン体験」も提供しています。直接試していただいたほうが安心できますから。
——自分に合ったシャンプーが見つけられるという一方で、MEDULLAは「選択の幅」ではなく、“自分のためだけに作られている”という「ガラスの靴体験」を大切にしている(前半を参照)とのことですが、その“体験”を創造するうえで何を重要視したのでしょうか。
深山:サイト設計には力を入れましたね。というのも「ガラスの靴」は、シンデレラ城から出てくるからこそ、本当の価値を発揮すると思っていて。「ガラスの靴」が陳腐なところから出てきたら、それはただの靴でしかない。
——「ガラスの靴」と出会う“入り口”が大切だと。たしかに、サイトで提示される質問には動きのあるイラストが描かれるなど、回答のモチベーションをあげる工夫が随所に施されていますよね。
深山:ビジネスモデルがどれだけ優れていても、サイト体験がイマイチならお客様を満足させることはできません。どんなにお金をかけてでも、サイトはしっかりと構築すべきだと思ったんです。
——「あなたのなりたい髪は?」という質問では、選択肢がシャボン玉のように綺麗に動きますよね。立ち上げ期のスタートアップのサイトで、ここまで作りこまれているものはなかなかないですよね。
深山:あれもスマホから見たときに、もっと綺麗に見えるようなUIを設計したかったくらいで。現状に満足せず、サイト設計にはどんどん投資していきたいと思っています。
——なるほど。その流れでいくと、ユーザーが「ガラスの靴」をはじめて手に取る瞬間も、何か工夫を凝らしているのでしょうか。
深山:商品の実物と出会う瞬間なので、そこも工夫しています。本人の処方箋やニックネームを記載した名札を同封して、手にした瞬間の特別感を演出しています。なかでも評判がいいのは、箱の中にシャンプーと同じ香りの香水を吹きかけていることですね。箱を開けた瞬間に強く香るようにしています。
——以前、「Apple製品の箱をはじめて開けたときの香り」がするキャンドルが発売されて注目を集めていました。ブランドと箱を開けた時の香りは、相互関係が強いのでしょうか。
深山:五感のなかでも嗅覚は、記憶と結びつきやすい。なので、そこの体験を印象づけることで、ブランドを忘れにくくなるんです。香りは特に重要だと思っていたので、創業当初から力を入れていましたね。
——しかし、それだけ力を入れている匂いも、オンラインで確かめるのは不可能ですよね。その点で躊躇してしまうユーザーも一定数いるのではないでしょうか?
深山:「事前に商品を体験する場がない」というEC特有の課題を解決するためにも、私たちはヘアサロンと提携をしています。公式サイトから予約をしたあと、プロのスタイリストに髪質を判断してもらい、実際にMEDULLAのシャンプーを無料で試すことが可能なんです。
試してみて、気に入ればその場で注文し、そうでなければ買う必要はありません。香りを全部確かめられるうえ、実際の洗い心地を体感できるので、サービスを利用した方の満足度は非常に高いです。
——現時点でMEDULLAが提携している4店舗のサロンのうち、2店舗はフリーランス美容師のお店ですよね。今後もフリーランスのかたを中心に、提携サロンを増やしていくのでしょうか。
深山:全国に約3万人いるフリーランスの美容師の方々に、ぜひ使っていただきたいと思っています。というのも、一般的にヘアケアメーカーと美容室の間には美容ディーラーというサロン向けの卸業者が存在します。ディーラーがサロンと深い関係性を持っているため、メーカーとサロン、そしてお客様が直接デジタルでつながることが難しかったんですね。結果、お客様にメーカーがきめ細やかなサポートができないという事態が起こっていたんです。
——その状況を改善するためにも、まずはフリーランスの美容師を中心にMEDULLAを広めていくと。本来は試せない商品を実店舗で体験できる場が増えることで「ガラスの靴体験」の質が向上しますね。
深山:お客様の満足度を高めるという意味でも、サロンという場は重要だと思っています。スキンケアブランドのIPSAをご存知ですか?店舗に行くだけでスタッフのかたが専用の機械とアンケートをもとに、緻密な肌データを洗い出す。その結果から、個人に合わせた商品を使って正しいスキンケアを処方してくれるんです。
——店舗に足を運んでプロから丁寧な指導を受けることで、顧客一人ひとりの得られる満足度が高そうですね。
深山:IPSAの例に習い、MEDULLAもサロンで得られる特別な体験を全国に広めて、サロン体験の高度化というものを実践していきたいです。
ユーザーに直接会うことが、MEDULLAの価値に繋がっている
——事前に商品を体験できる場の提供を進めているとはいえ、実際にシャンプーを使っていくなかで商品とのミスマッチを感じるユーザーもいると思います。そういう場合は、どう対応されているのでしょうか。
深山:サイト上にユーザーのマイページを設置して、商品のフィードバックを送れるようにしています。洗い心地や香りなど、受け取ったフィードバックは月一度くらいの頻度で見直し、プロダクトの改善につなげています。
実際にお客様の声を受けて、商品のレコメンドの仕方、商品を届けるまでの方法や香りなどを変えました。ただオンラインのコミュニケーションだけでは不十分なので、ユーザーにひたすら会うということを心がけています。商品の質を担保し、PDCAを回すためには、とにかくお客様に聞くしかないので。
——ユーザーに直接会う機会は、どのように設けているのでしょう。
深山:月1でユーザー参加型のイベントを開催していて、初回の注文をされた方には招待状を届けています。もちろん初回以外のかたも、イベントに参加することは可能です。ここで実際にお客様と対話し、商品へのフィードバックを集めています。
——中の人に直接会えることで、ブランドへの信頼はもちろん顧客の満足度も向上しそうですね。
深山:素敵な商品を作ってくれてありがとうと、イベントで菓子折りを持ってきてくれたかたもいらっしゃいました。少しずつブランドのファンが増えていくことを実感していますね。直接会う機会を設けることで、若い人だけでなく幅広い年齢層のかたに反応してもらえています。
日本におけるパーソナライズ市場は今後どう動くのか
——海外に比べ、日本ではまだパーソナライズブランドの数が少ないですよね。今後日本におけるパーソナライズ市場は、活発的になってくるのでしょうか。
深山:パーソナライズ市場は、マスなものにはならないと思っています。今後活発になるのは、ZOZOやAmazonなどが展開しているプラットフォーマーなPB(Private Brand)商品で低単価なもの。
日本の既存メーカーは原価率を下げるために多大なる投資をしているので、D2Cで中間業者を抜いてもロットが出せないパーソナライズ商品はどうしても原価率での勝負は厳しい。そのため、高価格帯市場で戦わざるを得ません。
——高価格帯であるパーソナライズ市場の規模は限られてくると。
深山:市場規模としてマスにはならないものの、ある一定のこだわりを人が持っているプロダクトに関しては、必ず選択肢として「パーソナライズ」が出てくると思っています。そのときに適切な選択肢を提示してあげることが、パーソナライズブランドの役割なのかなと。
——時間をかけて悩まずとも、自分に合った商品をレコメンドしてもらえるという体験のニーズは今後も重要視されていきそうですよね。
深山 : そうですね。デジタルの進化に伴って世の中はもっと便利になっていくと思います。自分にぴったりのプロダクトを見つけるという行為そのものを楽にするパーソナライズは、今後より必要とされるのではないかと踏んでいます。
消費財におけるOEMのプラットフォームを目指して
—— MEDULLAは今後どのように展開していくのでしょうか。
深山 : ブランドとパーソナライズのロジックをしっかり組んで、それを基にヘアケアのOEM(Original Equipment Manufacturer)基盤を生み出していきたいですね。具体的にはインフルエンサーや企業が自分の髪質データと好きなデザインを入力して、在庫リスクなしで自分のブランドを簡単に作れてオンライン上で販売できる。BASEの消費財版みたいなものを考えています。
—— OEM基盤を作り、MEDULLAだけでなく多様なブランドを創出するサポートをしていくということでしょうか。
深山:そうです。というのも、MEDULLAというブランドだけを販売しても限界があるのは最初から分かっているんです。シャンプーは超分散型市場でトップメーカーですら1ブランドで市場全体の5〜4%のシェアしかありません。
だから、一社独占はまず起こりえない。なので、長期的にはMEDULLAというパーソナライズブランドはもちろん、お客様が喜んでもらうような仕組みそのものを提供していければと考えています。
——消費財におけるOEMのプラットフォームは、まだ例を見ないですよね。
深山 : その先陣を切りたいですね。同時に「棚を取る」というシャンプーの商流を変えたいと思っています。テレビスポット(CM)をこれだけ出稿するから、棚をこれだけ抑えたい、といったような旧来からの慣習は、本当に髪に悩んでいるお客様のためになっているとは思えません。
——商流を変えるために、何か具体的に動かれているのでしょうか。
深山:8月の1週目からPARCOのPOSレジを使わず、MEDULLAのタブレット販売をしてPARCOにマージンを戻すというトライアルを実施しています。
タブレットが一台あれば、物理的に棚を取る必要はなく、タブレットを設置するスペースだけを確保すればいいうえに、すべての購買データとお客様のヘアカルテのデータを自社で取れるようになる。
これを実践することで消費財の既存の仕組みを変えるだけでなく、データドリブンの消費財カンパニーとしてMEDULLAをずっと残る会社にしていきたいです。
——ありがとうございました。
撮影/加藤甫