優れたブランド体験は、商品やサービスはもちろん、店舗や接客に至るまでで、ユーザーが触れるものすべてから一貫した“らしさ”を感じさせるものだ。
パリ生まれの総合美容ブランド『オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー(OFFICINE UNIVERSELLE BULY・以下ビュリー)』も、商品、空間、そしてスタッフの接客まで、その世界観が一貫しているブランドのひとつだ。
他者でなく自分を心地よくさせるための「水性香水」という商品。周辺地域の物語を意匠に織り込むため、場所ごとに違う店舗内装。丁寧に香りや効能を伝え、購入商品にはスタッフが独特の手書きで名入れしてくれる、ゆったりとした店内時間の提供。
そのすべてに「優雅さ」や「洗練」、「気品」――つまりはエレガントという価値観がほのかに宿っている。
しかし、こうした“ビュリーらしさ”は、細かな接客マニュアルによって一律に形づくられているわけではない。それでもなぜ、スタッフが変わっても、店舗が変わっても、ビュリーらしい接客は一貫して成立するのだろうか。
同社のリテール・エクセレンス・ディレクター遠藤さやか氏は、その理由について「だからこそ、お客様に真に良い体験を提供できている」と話す。
マニュアルによって接客を均一化するのではなく、何を選び、何をしないのか。その判断の軸を共有し、ブランドとしての「型」をつくる。そこから生まれる「ビュリーらしい」ブランド体験は、一体どのように設計されているのだろうか。
古き良きパリの小さな薬局のような瀟洒な「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー代官山猿楽町店」を訪ね、聞いた。

オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー代官山猿楽町店 外観
写真提供|Buly Japan株式会社
200年以上前のパリの薬局をリブランディング
『ビュリー』のルーツは、1803年のフランスに遡る。
200年以上前のパリの街に、調香師のジャン=ヴァサン・ビュリーがつくった総合美容薬局があった。酢と自然原料を使った独自の〈ビュリーの香り酢〉を19世紀には万博や博覧会に出品、幾度も受賞するほどだったが、店はその後閉店となり、長く歴史の舞台から消えていた。
このビュリーの埋もれていた店の記憶を、2014年にヴィクトワールとラムダンという美容研究家と起業家の夫婦が掘り起こしてリブランディング。今やヨーロッパ・アジアをはじめ世界中に店舗を出し、日本国内でも20店以上を展開しているのが、ブランドとしての『ビュリー』だ。
2021年にはLVMHグループ傘下に入り、世界中に熱心なファンを持つ。
「メイン商品は200年の間に埋もれていた、調香師ビュリーが調合した香りのレシピにインスパイアされた水性香水やオイルです。もっとも……」とリテール・エクセレンス・ディレクターを務める遠藤さやか氏は言う。
遠藤氏「そうした化粧品を含めて、長らく埋もれていたすばらしいカルチャーを掘り起こして体験ごと、ご提供している。それこそが『ビュリー』の最も大きな特徴なんです」

Buly Japan株式会社 リテール・エクセレンス・ディレクター 遠藤さやか氏
デザインされた、店舗での時間
『ビュリー』の店舗を初めて訪れたなら、そこに流れる、ゆったりとした時間に驚かされるはずだ。
エントランスをくぐると、やわらかな笑顔でスタッフが迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」とは言われない。
「ようこそ」「こんにちは」と自然な言葉を、やさしく手を添えるようにかける。
急がすことなくこちらのニーズをじわりと汲み取ってくれる。「初めて」と知れば、丁寧にブランドの成り立ちから、香りへのこだわりについて教えてくれる。
そして次に目に入るのが、各店舗に設置された、理科室のようにガラス瓶(試香器)がずらりと並ぶスペースだ。20種ほどある植物由来の水性香水を試せるコーナーである。瓶から伸びたチューブにつながったポンプを「シュシュ」と握る。すると、繊細で奥行きのある水性香水の香りが、ほのかに鼻腔をくすぐる。
『こちらはローズとともにジンジャーやベチバーなども入っているので、ただ華やかじゃなくて、深みを感じていただけると思います』
『そちらは苔や木々の香りをイメージしていて、少し不思議な心地よさがありますよね』
「へえ、苔なんだ」「あ、これ、良さそう」などとスタッフの説明を楽しみながら、自然と好みが絞られていく。

店内のカウンターにあるたくさんの試香器。黒いゴムの部分を握ると香りを試すことができる
「では、この水性香水をください。プレゼント用に」と購入を決めると、ここからだ。
多くの化粧品店がそうであるように、奥から箱詰め済みの商品を持ってくるようなことはない。商品はその場でスタッフに、ていねいに箱詰めされ、目の前で折り目正しくラッピングされていく。手際のよさに、しばし見惚れる。
そして、名物ともいえる「カリグラフィー」だ。
購入者自身の、あるいはプレゼントする相手の名前を、スタッフが『ビュリー』独特のクラシカルな書体で購入した商品に書き入れてくれるのだ。
インクをつけたペン先を、すーっと美しく走らせる。まるで先に印刷されていたかのように美しく自分の、あるいは大切な誰かの名前が目の前で描かれる。エレガントなスタッフの所作と、そこから生まれる流麗な文字に、えもいわれぬ喜びを感じる。
遠藤氏「『ビュリー』ではこうした店舗での所作を“リチュアル(ritual)”と呼んで、とても大切にしています。儀式といった意味ですね」

訓練を受けたスタッフが店頭で商品の箱、カタログに美しい欧文を綴るカリグラフィーサービス。ギフトに特別な温もりとエレガントな装飾を添える。専門の職人だけでなく、ブティックのスタッフ全員がこの技術のトレーニングを受けているそうだ
時代をゆるやかに逆行する接客、ともいえそうだ。
「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が当たり前に使われるようになった世の中。映画やテレビは倍速で視聴され、メールや企画書、レポートなどのドキュメントは生成AIに代筆させるのがスタンダードになりつつある。
買い物はできる限り、安く、早く済ませたいと思う人は少なくない。
加えて「店員に声をかけられたくない」「買わせられるような空気が気まずい」、そうした対面販売のコミュニケーションコストもかけずに済ませたニーズがECショッピング人気を加速させてきた。
しかし、『ビュリー』の店舗で体感するすべては、その逆だ。
ブランドや商品が内包した数百年の物語を、もっとくわしく聞きたくなるムードが漂う。試せる香りはすべて試して、もっと由来を知りたくなる。
それは、タイパという尺度だけでは測れない、満たされた時間の価値をあらためて思い出させてくれるからかもしれない。「誰かのことを思い、喜ばせたいとあれこれ考える充足感」や「他者と対話しながら新たな知見を広げる興奮」のようなものが、『ビュリー』にはあるからだ。
実は、商品にも同じ考えが貫かれている。
遠藤氏「多くの香水がアルコールで揮発させて強い香りを放つように精製されていますが、『ビュリー』の水性香水はアルコールフリー。そのために広く周囲に香りを放つことはないですが、自分自身と自分のごく側にいる大切な人にだけ心地よく香る商品です」

オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー代官山猿楽町店 内観
写真提供|Buly Japan株式会社
いわば自分を外に向けて主張するのではなく、自分の内側の時間を大切にしよう、というメッセージが、水性香水のコンセプトには染み込むようにある。店舗でスタッフが見せる、エレガントな言葉や所作や心遣いは、同様に「自分だけの大切な時間も、大切にしませんか?」と問いかけてくるように感じられるわけだ。
だからこそ、オンラインでも多くの商品を購入できるが、あえて店舗を訪れて購入するリピーターが多いのは、この体験、時間の価値をあらためて感じている人が増えている証左に思える。
もっとも、こうしたデザインされた接客体験を、多様な来店客に等しく感じてもらうのは至難の業だ。そこでビュリーが大切にしているのは、接客の細かな手順を一律に定めることではなく、ブランドとして共有する価値観や判断の軸を、一人ひとりが自分のものとして身につけることだという。
どのように、この接客を実現させているのか?
遠藤氏「ひとつ大きいのは、自分たちで世界観をつくっている。一人ひとりがそんな意識を持っていることかもしれません。いわば店舗そのものをステージにして、スタッフ一人ひとりに“演者”になってもらっているんですよ」
自分たちでつくり、育てているから“響く”。
店は舞台、スタッフは演者である――。
『ビュリー』のこの考え方は、ただものを売る場所ではなく、店で体験する時間、物語をとても大切にしていることを端的に表す。
遠藤氏「役者じゃなくて、演者であることはとても大切だと思っています。ただマニュアルのように『このセリフをこう話すように』と押し付けることはありません。個々の頭で感じて、考えて、適切な言葉、所作をしてもらっています」
とはいえ、接客の細かな手順や言葉遣いを定めるものとは別に、代わりにそれよりも上位概念に触れた1冊の本がある。『ザ・ビューティ・オブ・タイムトラベル』という、『ビュリー』の歴史と思想を伝えた書籍だ。
ブランドがどのような哲学を持って、生まれたのか。
植物由来で商品をつくる、その流れと設計思想とは何なのか。
グローバル社会において、今後、ビジネスは、カルチャーは、クリエイティビティはどうなっていくのか。
多彩な切り口で、『ビュリー』そのものと周辺を、洗練された美しい写真と練度の高いテキストで伝える。440ページ、約3kgの迫力もすごい。しかし、だからこそ読めば『ビュリー』というブランドがどんなブランドで、どんな世界観を表現しようとしているか。哲学として伝わってくる。

『ザ・ビューティ・オブ・タイムトラベル』。ビュリーを世界的な美容ブランドに導いた創造性と驚きの歴史をひもとく一冊として、2世紀に渡る物語を440ページの本に収めた
加えて、本に書かれたビュリーの哲学や美意識を軸としたスタッフ研修を、全国で実施している。接客の細かな手順を教えるのではなく、ブランドの思想を深く咀嚼し、それを共通の「型」として身につける。そのうえで、それぞれの感性や経験をもって自律的に体現できるプロフェッショナルを育てることに、時間を割いているという。
遠藤氏「スタッフは皆、こうして読み聞きしながら、「ビュリー」の哲学や美意識を自分の中に染み込ませていきます。そして、その共通する価値観を土台にしながら、細かな接客を一律に定めることはしません。だからこそ各店舗では、体に染み付いた美意識をそれぞれに解釈し、自ら判断しながら、最適な言葉や所作をお見せするようになっているのだと考えています」
言わされたセリフではなく、自ら考えて、伝える言葉。
だから、相手にも響く。『ビュリー』の店舗で語られる、ブランドの物語や商品のこだわりは、だからしっかりと来店客に届くのだろう。
実際、利用客の一人はこう話す。「『ビュリー』ではどの店に行っても、同じような心地よい気持ちになれるんです。話している相手も、言葉も違うのだけど、不思議と統一感がとてもある」。
それは、スタッフに染み込んだ同じ哲学が、それぞれの持ち場で、それぞれの個性をともなって自分の言葉でアウトプットされているからに違いない。
また細かな接客を定めるマニュアルはないのだが、「この言葉は使わない」というルールはあるという。たとえば、すでに挙げた「いらっしゃいませ」といった、通り一辺倒の挨拶。不快なものを含める「匂い」という言葉もそうだ。
遠藤氏「匂いではなく、『香り』という言葉を使っています。そのほうがエレガントだと感じているからです。また矢継ぎ早に言葉を浴びせるようなコミュニケーションもしないようにしています。お客様に考える余白を味わっていただきたいので」
確かに『ビュリー』がやらないこと、使わない言葉などをひもとくと、よりブランドの輪郭が際立ってくるのがわかる。盛ったり、加えるのではなく、良いブランドは余計な雑味を削ることが自然にできているのかもしれない。
遠藤氏「そもそもエレガントの語源は、ラテン語のエリゲレ(eligere)。『選びぬく』という意味なんです。だからこそ、私たちはスタッフが、店舗が、『ビュリー』がやらないこと、選ぶことを強く意識しているんですよ」
そこまで聞いたうえで、今一度、『ビュリー』があえて選び、大切にしているスタッフの手書きによるカリグラフィーの名入れの意義が際立ってくる。

お客様からの賞賛が、モチベーションをあげる
購入した商品への手書きの名入れ。このカリグラフィーのスキルは、ほぼ店舗に立つスタッフ全員が鍛錬したうえで身につけているという。パリからの特別なトレーニングを受けたカリグラフィーの先生が、正社員として日本支社に在籍。日々、スタッフを指導しているのだ。
自分や大切な誰かの時間を大切にしてほしい。そしてお客様に喜んでいただきたい。印刷すればすぐに済む作業を、あえて手間暇かけていることで、そんな思いを何より伝える。
と同時に、このスキルを店でスタッフが披露することは、スタッフたちの大きなモチベーションにもなっているのではないだろうか?
目の前で、自分や大切な誰かの名前が、すらすらと特徴的な書体で書かれる喜びは、すさまじい。喜びは、そのままスタッフのスキルへの賞賛に向かうからだ。
『きれい……』
『すばらしい技術ですね』
『どうして、そんなに上手に書けるんですか?』
こうした賞賛の言葉を、カリグラフィーを手掛けるスタッフは日々、浴びることになる。商品のすばらしさ、ブランドのエレガント。それに加えて、スタッフ一人ひとりにしてみたら、「個」に対する賞賛は何よりもうれしいものだろう。
「もっとお客様に喜んでいただきたい」と当たり前のように思えるし、こうした美意識と世界観を実装している『ビュリー』ブランドへのロイヤリティにもつながるのではないか。

購入した商品は、ビュリーの歴史にオマージュをささげた19世紀当時の新聞「Journal de l’Empire」を再現したラッピングペーパーで、その場で丁寧に梱包される
演者がオーディエンスの反応に触発されて、さらに良いステージができあがるように、『ビュリー』の店舗接客が、自律的に磨き続けられている、というわけだ。
遠藤氏「カリグラフィーだけが起点ではないでしょうが、確かに『ビュリー』らしさ、とは何か。どうすればエレガントになるか。スタッフは本当にみな、一人ひとりが真剣に考えて試行錯誤しています。自分たちがブランドを作っている。そんな一人ひとりの意識こそが『ビュリー』の店舗の強みというか、価値だとは感じていますね」
『ビュリー』のスタイル、すべてを真似ることは難しいかもしれない。しかし忙し過ぎる、今のような時代に体験価値のあり方を考えるうえで、ひとつのヒントを与えてくれる。
すべてとはいわない。
が、“選び抜いて”真似るのは、エレガントかもしれない。
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取材・文/箱田高樹 写真/タケシタトモヒロ 編集/鶴本浩平(BAKERU)




