顧客一人ひとりに寄り添う。その重要性は誰しもが理解しているものの、サービスの隅々まで徹底するのはなかなか難しい。利用開始前の丁寧なカウンセリング、アプリを通した食事管理、トレーナーの育成制度――。これらを通して、顧客一人ひとりの思いに寄り添うことを徹底しているのが、「結果にコミットする。」というテレビCMでお馴染みのRIZAPだ。
専属トレーナーがマンツーマンでレッスンするボディメイクプログラム「ライザップ」を提供する同社。2012年に店舗1号店をオープン後、国内外合わせて137店舗を展開し、プログラムを支えるトレーナーも800名を超えるなど事業規模を拡大(2020年2月現在)している。一体、どのように顧客視点を貫いてきたのか。
同社発足当初からトレーニングメソッドの作成や顧客のサポートを担当し、現在はライザップ統括トレーナーとして人材育成の仕組み作りをしている幕田純氏に話を伺った。
ボディメイクの機会や手段、知識ではなく、結果を提供する
そもそもテレビCMで印象的なフレーズ「結果にコミットする。」には、どのような思いが込められているのだろうか。幕田氏は、ライザップ立ち上げ以前に携わっていたフィットネスクラブでの経験に触れながら、次のように述べる。
幕田氏「フィットネスクラブは月額1万円ほどを支払い、通い放題の仕組みになっているのが一般的ですよね。しかし、通い放題でも月1回以上利用する人は3割程度しかいません。つまり、7割の幽霊会員からお金をいただいていることになります。その人たちに自分はなんの価値も提供できていないという違和感が強くありました」
「違和感」を拭いきれなかった幕田氏は、パーソナルトレーナーとして独立の道を選ぶ。そこで顧客として出会ったのが、RIZAPの現・執行役員である迎綱治氏だった。幕田氏の話を聞いた迎氏は、RIZAP創業者で代表取締役社長の瀬戸健氏を紹介する。
幕田氏「『結果にコミットする。』というフレーズには、瀬戸の『フィットネスクラブが提供するのは、ダイエットの機会や手段、知識。しかし、お客様が望んでいるのは、それらを活用して得られる結果ではないか。私たちはお客様が求める結果を提供したい』という想いが込められています。
私自身この話を聞いたとき、自分の違和感がはっきりと言語化されました。私が提供したいのは、お客様が求める結果にコミットすることだった。機会を提供して、結果が出るか出ないかをお客様の自己責任にするのではなく、トレーナーも責任を持って結果にコミットする。それができて初めて、プロのトレーナーと言えるのではないでしょうか」
「結果にコミットする。」という言葉の根幹には、テレビCMのようなインパクト重視ではなく、一人ひとりの思いに責任を持つという姿勢が現れている。
「なんのために痩せたいのか」を明確にすることが、自分の支えになる
そうした言葉を掲げる一方で、顧客が求める結果というのは一人ひとりによって違う。適切にニーズを把握し、目標設定ができなければ、結果にコミットすることはできない。そのため、ライザップでは利用開始前のカウンセリングを大切にしているという。
幕田氏「最初に『なんのために痩せたいか』を必ず聞くようにしています。痩せたい気持ちの先に、真のニーズが存在するからです。
しかし、真のニーズを引き出すのは容易ではありません。なぜならば、お客様のコンプレックスに触れる場合も多いからです。『体型のことで周囲から心無いことを言われてきた』『生活習慣がだらしないと周囲にばれるのが恥ずかしい』。お客様が隠しておきたいことを初対面の人に話すのはハードルが高いですよね。だからこそ、私たちはじっくり話を聞きます。お客様の話を一切否定せず、『なんのために痩せたいのか』を一緒に考えるんです」
真のニーズを引き出すために、ライザップでは「なぜ」という問いを5回繰り返す(5つのwhy)ことで、顧客の人生観や価値観をともに明らかにしていく。
目標を設定する際には、既存会員の経験が蓄積されたデータをもとに減量の流れをシミュレーションすることが可能。ここでは顧客の年齢や性別、体重、体脂肪率、トレーニング回数などを入力することで、設定期間にどこまで痩せられるかを把握できるという。
幕田氏「目標達成は簡単に実現できるものではありません。モチベーションが下がったり、トレーニングが厳しくて苦しい場合もあります。そんなとき『なんのために痩せたいのか』『達成までの具体的な道のり』を明確にすることが、自分の支えになるんです」
トレーニング開始後も、目標に向かって順調に推移しているかをグラフを通して随時把握することができる。乖離が生じた時には、トレーナーがフォローしてリカバリーのアクションを検討していくのだ。
結果を出すために必要ならば、厳しくフィードバックをすることも
設定した目標を達成するための仕組みとしては、顧客とトレーナーをつなぐ食事とカラダ管理アプリ『RIZAP touch』がある。RIZAP touchでは顧客が毎日3食、アプリを通して食べたものを記録。担当トレーナーは3食すべてに対してフィードバックを行う。
幕田氏「1週間を時間単位で考えると168時間あります。そのなかでトレーニングに来るのは2時間〜3時間。それ以外の時間が生活の大部分を占めます。だからこそ、トレーニングをしていない時間の過ごし方が大事なんです。アプリでデータを管理し、理想のペースから進捗が遅れているとわかった場合は、すぐにリカバリーアクションを決めていきます。
顧客は様々な要因から食事管理がうまくいかなかったり、トレーニングを怠ってしまったりします。トレーナーは、結果を出すために必要だと思ったら厳しくフィードバックを伝えることもあるんですよ。たとえそれがクレームにつながったとしても、トレーナーを責めることはありません。お客様が求める結果を実現するために、トレーナー自身も本気でコミットする姿勢を大切にしています」
顧客が求める結果のために、トレーナーも本気でコミットする。しかし、人と人との関わりには、ミスマッチが起きてしまう可能性もあるだろう。あるいは、トレーナーと良好な関係を築けているからこそ、小さな不満が言えなくなってしまうこともある。そこを解消するための仕組みとして、「中間カウンセリング」を必ず実施しているそうだ。
幕田氏「1カ月に一度、担当トレーナー以外のスタッフがカウンセリングを行う場を設けています。担当トレーナーとの1on1では、言い出しづらいこともあるかもしれないからです。
正直、トレーナーの立場で考えたときには、お客様との関係を第三者からカウンセリングされるのは気持ちのいいものではありません。それでも顧客の正直な気持ちに寄り添って結果にコミットするためには、必要な仕組みだと考えています」
顧客一人ひとりに寄り添うためには、トレーナーの育成が最重要
カウンセリングの方法やデータを活用したサポートなど、結果にコミットするための仕組みを整えているライザップ。しかし、現場のトレーナーが実践できなければ、顧客一人ひとりに寄り添うサービスの提供は実現できない。だからこそ、トレーナーの育成は最重要と言える。
幕田氏「採用の時点から大切にしていることがあります。もっとも重要なのは、『お客様からのありがとう』を自分のモチベーションにできるか人かどうか。極論、トレーニングの技術やスキルがあっても、その要素を持たなければライザップで働くのは難しいです」
入社した後は、都内に設けた専用の施設で192時間に及ぶ研修をする。トレーニングの技術や食事管理に必要な栄養学の知識はもちろん、ロールプレイにも力を入れているという。
たとえば、3人1組のグループを組み、トレーナー役とお客様役、それらを観察する人にわかれて、トレーニングを実施。ゲスト側として感じたこと、トレーナー側としての意図、第三者から見たときの感想などを話し合い、スキルを身に付けていくのだ。
幕田氏「知識のインプットが得意だとしても、現場の接客に活かせるようにアウトプットするのが苦手な人もいる。だからロールプレイの時間は大切にしています。
また、基本的に研修時間は192時間と設定していますが、現場に出る基準に達していないトレーナーは研修を続けるようにしているんです。研修後も、1カ月後や半年後など継続的にフォローアップの機会を作ることで、ライザップの思想を体で理解してもらいます」
また、評価制度もトレーナーの成長を後押しするために工夫されている。評価の軸は「担当するお客様の結果にコミットできているか」「ライセンスを持っているかどうか」の二つだ。
ライセンス制度では、3か月に1回行われる試験の結果に応じて、下からB級、A級、S級に振り分けられる。「減量ではなく、増量したい」「足回りを細くしたい」など、顧客一人ひとりのニーズに対応できる知識と技術を持っているかを確認できる試験になっている。
幕田氏「なぜここまで育成にこだわるのか――。それは、トレーナーのあり方こそがライザップならではの価値につながると考えているからです。単に技術や知識だけを身につければ、結果にコミットできるわけではない。お客様に寄り添い、ときに厳しいフィードバックを伝えながら結果にコミットするため、育成環境設計にこだわっているんです」
ライザップでは、数年前にトレーナーを全員社員として迎えている。顧客一人ひとりと寄り添う上で、担当がコロコロ変わるわけにはいかないからだ。安心して働いてもらうため正社員として雇用し、RIZAPに専念できる環境を整えている。
「自分は変われる」という成功体験は、人生を豊かにする
累計利用者数は14万人以上、プログラム終了後の会員継続率は70%を超えるライザップ。2019年3月期の決算によると、ボディメイク事業の営業利益は過去3年で3.5倍になったという。同社が現在、新たな領域として注力しているのが「ヘルスケア」だ。
2018年12月からは、シニア世代を対象とした新業態「SOUGYM(ソウ ジム)」のテストマーケティングを吉祥寺で始めた。この業態では「健康にコミットする」を掲げ、長期的に体力や健康を維持するためのプログラムが既存サービスよりも安価に体験できる。
幕田氏「ボディメイク事業のライザップを通して、『おかげで健康になりました』と言ってくださる人が一定数います。生活習慣病と言われる糖尿病や心臓病、脳卒中など、運動不足が原因で起きる病気の予備軍の人たちにとってもライザップは支援できるんです。
たとえば、まだ診断が出ているわけではないが、痩せないと確実に糖尿病になるだろうと病院から指導を受けている方がいます。しかし、医師の仕事の範囲は指導するところまでで、その後の行動までコミットすることはできないですよね。
代わりにライザップに通ってもらって、トレーニングを始めてから減量に成功した事例も多くありました。ただライザップの活用方法として、健康のために利用していただくイメージがあまり伝わっていなかった。そこで、SOUGYMを試験的に始めました」
同じく2018年からは、筑波大学大学院人間総合化学研究科教授 水上勝義研究室と共同で、ライザップのトレーナー出張プログラム参加者の心理的変化に関する研究を行っている。プログラムの前後で、「自己効力感」「主観的健康観」などの向上を支持する結果が得られたという。見た目の変化に限らず、ウェルビーイングにつながる結果が出たのだ。
ボディメイクだけではなく、ヘルスケア領域や英会話、ゴルフなどの事業まで手掛けるRIZAP。それらは一見関連性のない事業にも見えるが、どの事業にもある言葉が大切にされている。グループ全体の理念である「人は変われる。を証明する」だ。
幕田氏「『人は変われる』と実感してもらいたい。ライザップを通して自分が求めるものに気づき、目標を設定して、結果を出す。この体験は、『こんな自分でも変われるんだ』と気づくことができます。高い目標を設定し、ときにはトレーニングを怠り、リカバリし、トレーナーに励ましてもらいながら結果を出す。一連の流れは仕事にも応用できます。『自分は変われる』という成功体験は、人生を豊かにするためのヒントにもなると信じています。
人の人生に大きな影響を与えるからこそ、どの事業においても、お客様一人ひとりに寄り添う姿勢を忘れないようにしたいと思っています」
執筆/木村和博 編集/庄司智昭 撮影/佐坂和也