「私たちの商品は、お客様に何秒で選ばれていると思いますか?」
そう問いかけるのは、2018年にリニューアルした「サントリー天然水スパークリング」のデザインを担当した、サントリーコミュニケーションズの山岸彩乃氏。
答えは、およそ2秒だ。この2秒で、生活者は飲みたい商品を無意識のうちに手に取るという。デザイナーは、この短い時間で商品に込められたメッセージを伝えるため、細部にわたって細かな工夫を施しているわけだが、その伝え方は様々だ。
リニューアル前のサントリー天然水スパークリングは、無糖炭酸水市場が右肩上がりに成長する一方で、売り上げがほぼ横ばいの状況が続いていた。そこで、2016年にデザインの大幅なリニューアルを計画。リニューアル後、2018年の販売数量は前年比で2倍以上となり、フレーバー炭酸市場で年間売り上げ第1位(インテージSRI調べ)となった。
どのようなプロセスを経て、顧客が手に取りたくなるデザインが生まれたのか。天然水スパークリングの新たなデザインが生まれる経緯や山岸氏がアイデアを育むために大切にしていること、デザインによって届けたい顧客体験について伺った。
既存ブランドのイメージを超える、抜本的なリニューアル
やわらかい水色の空、美しくそびえ立つ雪山、そして、のびのびと羽ばたく一羽の鳥。“サントリー天然水“と聞くと、自然にあふれたのどかなデザインが目に浮かぶだろう。
リニューアル前のサントリー天然水スパークリングも同様に、天然水ラベルのデザインが踏襲されていた。しかし、それがマイナスに働いてしまったのでは、と山岸氏は振り返る。
山岸氏「天然水本体のおだやかな世界観がパッケージに使われていたことで、お客様に炭酸が弱いイメージを与えてしまっていました。炭酸水を購入される方は、強くて刺激のある炭酸を求めています。ガス圧は他社と変わらないのに、弱く見えてしまっては手に取ってもらえません。そのため、天然水の世界観の中でいかに刺激を伝えるかがリニューアルのテーマとなりました」
やわらかいイメージから「刺激が伝わる」デザインへ。山岸氏は、天然水スパークリングを「“日々の出来事を切り替えるスイッチ”としてリニューアルできないか」と考えた。
山岸氏「これまでの無糖炭酸水は、ストレス発散やダイエットのために、とにかく刺激だけが求められていました。企業からのコミュニケーションを見てもストレスを吹き飛ばすような、ストイックな世界観ばかりでした。もちろんそういった側面も大事なのですが、私たちがやりたいことは、炭酸水を飲んで爽快な気分になり、自分が前に進んでいくためのポジティブなスイッチになることでした。
朝起きて1日が始まるとき、家の掃除をする前、プレゼン資料を作るとき。日々の生活の中でポジティブな気持ちに切り替えて、いいスタートを切るためのパートナーと思ってもらえるような存在になること。それがベストだと考えたんです」
やわらかい印象だったラベルは爽快感を表現したデザインに一新。メインの山は氷山へ、のどかな水色の空は氷山に映えるシルバーを含んだ青へと変化を遂げた。炭酸で感じられる刺激を、「自然のエナジティックな部分を出すことで伝えられるよう工夫した」という。
実際に飲む時に五感で刺激が感じられるよう、ボトルのデザインにもこだわった。たとえば、ボトルデザインは3Dプリンタを使い、実際の持ちやすさ、握りやすさなどをメンバーや顧客に試してもらって議論。ボトル上部にくびれのある今の形へと決まったという。
山岸氏「炭酸水はペットボトルから直接飲む人がほとんどです。直飲み需要に適したボトルの形状を考えた時に、インスピレーションを得たのがビール瓶でした。ビール瓶を持ち上げて、顎をあげて飲む様子は、爽快な気分をもたらすシーンに近い気がしたんです」
キャップを勢いよく開けると、ポンっと気持ちの良い音が出る仕組みにもなっている。細部まで気分のスイッチができる仕組みが設計されており、フレーバー炭酸市場で年間売り上げ第1位になった後に行ったアンケートでもこの点が評価されたという。
スノーピークとの共同開発で引き出された天然水の強み
また、商品のリニューアルを、アウトドアブランドのスノーピークと共同で行ったことも特徴的だ。プロジェクトが発足した当初、事業部ではスノーピークのロゴをラベルに入れる程度を想定していたそうだ。しかし、それを聞いた山岸氏は「それだけでは面白くない、もったいない」と考え、事業部に自らスローガンを提案した。
山岸氏「単なるコラボレーション商品の開発だけに留めたくないなと純粋に思ったんです。完全に異業種であるスノーピークさんと取り組みをすると聞いた時、私たちだけでは創れない未来を創れるんじゃないかなと」
そうして生まれたのが、「はるか遠くの未来を見つめて、人と自然のつながりをあたらしく」という意味を込めたスローガン「山のむこう」だ。商品を共同開発するだけでなく、“自然と人間の良い関係”を作るため、キャンプ体験や水に関する教育なども行うことが決まった。
キャンプ用品と炭酸飲料では商品のジャンルが異なるが、コラボレーションの意義はどのような点にあったのだろうか。山岸氏は「扱う商品は違いますが、考えていくうちに私たちが見たい景色が同じであることに気づきました」と話す。
山岸氏「スノーピークのミッションに『人間性の回復』があります。文明が進化すると、自然とともに生きていた人間本来のリズムが低下する。それを回復するためにキャンプ事業を行っているという話を聞いたんです。自然由来の天然水ブランドを届け、自然と人とをつなげる役割を担う私たちと、実現したいことが実は一緒なのではないかと考えました」
天然水ブランドは、南アルプスの山々から採取される水源の水を使用して作られている。山に届いた水が地下へ沁み、いくつもの地層で綺麗に濾過され、天然ミネラルが溶け込み、20年以上かけて水が作られ、サントリー天然水へと姿を変える。
山岸氏「当時の事業部長が『人間性が低下した都市で暮らすお客様に天然水は飲まれているのではないか』と言っていたのですが、その話を聞いた時にすごく腹落ちしたんです。私たちが持っている天然水ブランドは、ただ水源で組み上げた安心・安全のおいしい天然水をお届けしているだけではない。身近に自然を感じて、お客さんをほっとさせたり、リフレッシュさせることが自分たちにしか提供できない価値なんだと気づきました」
飲料という商品を通して自然に向き合う機会を作るサントリーと、キャンプという体験を通して自然と向き合う機会を作るスノーピーク。その両社のミッションは「自然と人をつなぐこと」に決まり、「山のむこう」というスローガンも生まれた。
このミッションからデザインやスローガンを考えていくうえで、山岸氏が大切にしたのはブランドの原点でもある水源や自然の場へ足を運ぶことだった。
山岸氏「五感をフル活用してインスピレーションを得る機会を特に大切にしましたね。経験したり体験したりしないと、想いをもって伝えられない気がしています。私自身が天然水ブランドに愛着を持っていなかったら、デザインから伝わる魅力は少ないでしょう。ブランドを理解することが、お客様に魅力を伝える際に必要だと思っています。
水源は都内からすぐに行けるわけではありません。だからこそ、訪れる電車の中でぽこっとアイデアが浮かび、これまで考えていたことがつながる瞬間もあって。自分が日々いる環境から離れると、アイデアも出やすくなるというメリットがあると感じています」
その商品にまつわる体験があるからこそ、想いを伝えるデザインができる。現在、山岸氏は社内で選ばれる「天然水アンバサダー」としても活動中だ。長野県に建設する天然水の新たな工場のデザイン設計や、水源のある国立公園の冊子作成やワークショップの開催などを通して、水の大切さや天然水の魅力などを伝える活動も行っている。
山岸氏「あらためて“天然水ブランドで何を提供すべきか”を考えると、商品だけでなく、人々の身近に自然を届けることがその役割だと思ったんです。商品自体は100円程度で買えてしまうもの。だからこそ、より多くの人に届けることで、自然の恵みを知ってもらうことがこのブランドの強みになると、スノーピークとのコラボによって気がつきました」
コンセプトを削ぎ落し、ストレートなデザインを重視
デザインの刷新やスノーピークとの共同開発によって、多くの人々に受け入れられる商品となったサントリー天然水スパークリング。「生活者のニーズが多様化する中で、受け入れられるデザインを作るために必要なことは何か」と山岸氏に聞くと、「お客様のインサイトを捉え、一番わかりやすく、ストレートに伝えること」と答えてくれた。
山岸氏「消費者調査も行いますが、人それぞれ感じることは違うので、意見がぴったり一致することはありません。また、さまざまな人から聞く情報をすべて盛り込むと、中途半端なデザインができてしまう。なので、ファンの強烈なペルソナを作り、その人にめちゃくちゃ刺さるメッセージをデザインに落とし込んでいきます。すると商品のコンセプトもクリアに表現されるので、ペルソナに近い人のもとへとメッセージが届けられるのです」
天然水スパークリングも一目で「爽快だ」と感じてもらうこと、「これを探していた」と思ってもらうことを目標とした。その中で天然水ブランドである安心感の担保、炭酸水ならではの爽快感や刺激が伝わることを意識して作ったという。
また、山岸氏が担当した缶チューハイ「ほろよい」のリニューアルでも同様の考え方でデザインをリニューアルした結果、前年度割れだった売り上げが回復した。
山岸氏「チューハイはこれまで、果実のシズル感を美味しそうに見せるのが一般的でした。ほろよいのリニューアルも同様に、シズル感を重視したデザインを作っていたのですが、途中で違和感を抱くようになりました。ほろよいのアルコールの度数は3%と、他のチューハイと比べて低めです。手に取ってくれる方って実は『ほっとしたい』とか『ソファの上でくつろぎながら飲みたい』という人が買ってくれているんじゃないかと思ったんです」
顧客のインサイトを考え直した結果、シズル感を最小限にし、気持ちがほっとするような可愛さや抜け感を大事にデザインを進めた。色合いもパステル調を取り入れたことで、購買数が大きく変化したという。顧客の求めているシーンに違和感なく溶け込んだのだろう。
飲料水で幸せを届ける。天然水ブランドだからできること
今年3月に再びリニューアルを迎えた天然水スパークリング。ラベルには鮮やかな水色が採用され、より爽快感が増したデザインになっている。ここでも、山岸氏は1日に6本も愛飲するへビーユーザーに意見を聞き、その人に強烈に刺さるデザインを目指して作ったそうだ。
最後に、デザインを通して顧客にどのような体験を提供したいと考えているかを聞いた。
山岸氏「飲料は、人々の一番身近にあり、多くの人を幸せにできるものだと思っています。気分が晴れないとき、むしゃくしゃするときも、この商品で少し前向きな気分になったり、一瞬でも幸せな気分になったりしてもらうことが、私がお客様に届けたい体験です」
デザインによって人を幸せにすることができる――。小学生の頃、自動車メーカーでデザイナーをしている父親から聞いたこの言葉が、山岸氏がデザイナーを目指すきっかけになったそうだ。これが“人を幸せにするデザイン”を作り続けるための指針になった。
商品を本当に求めている人に届けるために必要なこと。それは、その商品のコンセプトをストレートに届けること。「そうそう、この商品を探してた」そんな出会いを作るために、山岸氏は全力でデザインと向き合っている。
文/もりや みほ 編集/庄司智昭 撮影/伊藤圭