技術の進歩に伴い、顧客が企業に求める期待は高まっている。本当に顧客にとって価値のあるサービスを提供しなければ、B2Cビジネスで成功することは難しくなってきた。
こうした変化は、企業間取引(B2B)の領域においても当てはまる。企業間取引であっても、商品やサービスを利用するのは一人の消費者だからだ。B2B領域においてもCXとは何かを考えなくてはならない。
しかし、B2Bには、B2Cほど取引が簡素化され、深い関係の構築と売上に結びつくような企業向けWebサイトは少ないのが現状だ。そのため、買い手が日常と同じような購入体験を得ることは難しい。今後、顧客となる企業の期待に応えるためには、どのような体験を設計しなければならないのだろうか。
B2BマーケティングにおけるCX(顧客体験)についてMITが解説した「Why Customer Experience Matters for B2B」を紐解き、国内の事例を交えて、B2Bで考えるべきCXを紹介していきたい。
B2Bマーケットにおける3つの原動力
米国の調査会社Forrester Researchの報告によると、「2023年までに、B2BにおけるECの割合は米国の全B2B売上の17%を占め、 今後5年間の年間平均成長率は10%になる」という。
デジタルの販売プラットフォームを利用した取引は、対面や電話などの伝統的な営業に取って代わりつつある。顧客の期待に応えるためにも、企業はB2B市場における3つの販売促進要因とCXのトレンドを理解する必要があると、同レポートでは指摘している。
1. 顧客期待の“消費者化”
テクノロジーの普及と、ビジネスにおける取引の自動化が進んだことで、企業も一般消費者のように考え、行動するようになっているという。
購買担当者にとっては、日常で利用するECでのシームレスで高速なやりとりや、各々の仕様に合った注文処理が当たり前になりつつあるのだ。ビジネスでも、より快適にモノやサービスを購入したいと願うようになったということだろう。
これには、ミレニアル世代が企業内に増え、デジタル化された価値観で仕事をするようになっていることも影響している。セールスフォースによると、ビジネスにおける購買担当者の82%が消費者レベルのCXを望んでおり、57%がより良いCXを求めてベンダーを切り替えたという。
2. B2Bならではの意思決定
レポートによれば、企業は消費者向けECと同じような、スムーズでパーソナライズされたCXを購買時に期待する一方で、いつも消費者と同じようにふるまう訳ではない。選ぶ基準、取引プロセス、そして意思決定には根本的な違いがあるという。
消費者はしばしば衝動的に、自ら「購入」ボタンをクリックする。選ぶ基準は、価格や製品の魅力だ。対照的に、企業の購買担当者は、客観的な判断基準と冷静な分析に基づいて、理論的で冷静なアプローチを取る。商品に付随した支払条件、法律や税務上の考慮事項、物流の状況なども判断の基準となる。
意思決定や取引のプロセスも異なる。B2Cの場合は一人の消費者が購入を決定し、取引が1度きりで終わることもある。しかし、B2Bの購買では、企業全体のステークホルダーからの意見や承認も必要とするが、継続的な購買関係が築かれることも多い。
3. ビッグデータ分析とアルゴリズムの進化
買い手となる企業の担当者は、購入を最適化するためにビッグデータ分析やアルゴリズムを使うようになってきている。一方で、売り手側の企業も購買傾向を予測したり、製品やサービスをパーソナライズしたりするのにそれらを活用しているという。
顧客ニーズの分析とアルゴリズムによる自動応答を効率的に組み合わせることで、摩擦のない、自動化されたCXが実現。顧客ごとにカスタマイズされたサービスを提供することができる。
B2B分野でこうしたトレンドを理解し、優れたビッグデータ解析のサービスを提供している企業として、国内では建設機械メーカー大手のコマツグループが挙げられるだろう。傘下のコマツ産機のシステム「KOMTRAX」では、建設機械に車両の状態や稼働状況をチェックするセンサーやGPSを取り付け、各車両のデータをサーバーに自動的に送信し、集積している。
機械の稼働状況は、顧客にも提供される。作業効率の悪い機械や稼働していない機械を見つけ、全体で最適化を図ることが可能だ。顧客がグローバルに工事を展開している場合でも、世界中の機械の稼働時間をオンタイムで理解することができる。
セールスフォースも、このサービスを高く評価している。一つひとつの建設機械の使用状態に合わせたフォローアップによって、顧客固有のニーズの理解につながっているという。
デジタル時代のB2Bにおける、優れたCXとは?
実際にデジタルで顧客との良好な関係を築くためのアプローチは、業界や企業によって異なる。しかし、成功しているモデルは次の4つのポイントに基づいていると同レポートは述べている。
1. 包括的かつパーソナライズされたCX
パーソナライズされ、自動化された顧客とのやりとりは、顧客のニーズを満たすために必要なすべての活動に及ぶ。注文を受けてから顧客サポートおよび請求まで、購入者に最高のCXを提供するように設計されるべきだと指摘している。
2. セグメント化された顧客ニーズ
ニーズと購買行動で顧客をセグメントすることで、企業はそれぞれのグループに最適な体験を作ることができるという。顧客の要求は、中小企業から多国籍企業まで、企業規模や業種によって異なる。製品の種類によっても要求は変わってくる。
法人向けに優れたセグメンテーションを行い、優れた製品とサービスを提供している国内の事例として、パナソニックのPC「レッツノート」を挙げたい。同製品は、2017年の国内法人向け軽量/長時間バッテリー駆動型ノートPC市場において、54.2%とトップシェアを獲得した。
ビジネスユースのなかでも、外回りをする営業にターゲットを絞り、軽さや長時間バッテリー、防水性、セキュリティにこだわった。同社がまとめた「レッツノートが高額でも選ばれ続ける12の理由」によれば、落下時の耐衝撃性や手厚いサポート体制などが顧客に評価され、リピーターの平均利用台数は3.02台に及ぶという。
3. 円滑な顧客とのやりとり
同レポートによれば、B2Bの優れた顧客購買プロセスには、4つの領域におけるデジタルの特性が必要だという。
・顧客インサイトの理解:購入者の属性、購入の要因を知ることが、プロダクトデザインやマーケティングなど、あらゆる段階でのやりとりを円滑にする。
・顧客との摩擦解消:顧客が購入しやすいように、テクノロジーでシームレスな取引を実現させる。注文処理から支払、在庫の補充、カスタマーサービス、バックオフィス機能まで、面倒なやりとりを自動化したり、ときには廃止したりする方法が挙げられる。
・オムニチャネルの結合:より顧客に好まれる取引チャネルの選択肢を広げるとともに、すべてのチャネルにわたって一貫したCX視点を維持しなくてはならない。
・プラットフォームのビジネスモデル:データドリブンな製品開発を通じて、バリューチェーン全体を統合できる、オープンなプラットフォームを検討が求められる。
実際に、デジタルを活用して顧客とのやりとりを円滑にできるものとしては、チャット上で自動応対するプログラム「チャットボット」が一つの例として挙げられるだろう。(参考記事:「技術視点ではなく、顧客視点での導入が求められるチャットボット」)
4. 顧客中心の運用モデル
B2Cレベルのオンラインサービスを一貫して提供するB2B企業は、顧客とのあらゆる取引を最適化するべく、機能横断型チームを組織しているという。
彼らは、顧客にとって摩擦のない体験を作ろうと、サービス開発を続ける。最小限の機能を搭載した製品(Minimum Viable Product:MVP)を開発するのは、その一例だ。チームは、Webサイト機能の向上など、明確な目標に向かって取り組む。結果に焦点を当てることで、顧客獲得、満足度、定着率などを始めとした、KPIを管理および調整することができるのだ。
B2BでCXに注力することの優位性
Forrester Researchは 、2018年のB2BにおけるECの市場規模は8.96兆ドル、2012年からの年間平均成長率が7.1%に達すると報告している。企業の購買担当者の、オンラインでのCXに対する期待もますます高まっていくだろう。
デジタルを活用してCXに力を入れているB2B企業はまだ少ない。だが、長期的に見ると、顧客が自身のニーズを伝えたり購入したりしやすくするようにすることで、B2B市場は売り手主導の「プッシュ」モデルから、買い手主導の「プル」モデルに変わるという。
製品設計、調達、生産から“当てずっぽう”もなくなり、協力して価値創造ができるようになる。最終的には、顧客ごとにパーソナライズし、摩擦を感じさせない“人”中心の企業が勝ち残るはずだ、とレポートは結ぶ。
MITのレポートを踏まえ、日本国内のB2Bマーケットについて考えてみたい。
経済産業省によると、2017年の国内BtoB-EC市場規模も、前年比9.0%増の317兆2,110億円と増加傾向にあるという。2018年12月には、パナソニックの社内カンパニー・コネクティッドソリューションズがB2B顧客とのハブ機能となる「カスタマーエクスペリエンスセンター」を設置するなど、実際にCXの取り組みを強化する事例も見られるようになった。それだけ、日本国内でもCXに対するニーズが高まっているといえるのではないか。
B2Bの取引の場合、目の前にいる担当者だけではなく、多くのステークホルダーの存在の考慮しなければならない。レポートでも述べられていた通り、企業独自の購買フローも意識することが求められる。B2Cと同様に、顧客への想像力が必要とされるだろう。
とはいえ、企業の担当者も一人の消費者であることに変わりはない。「いかに買い手が動きやすくなるか」を考えて対応すれば、やりとりはスムーズになり、顧客満足度も上がるはずだ。
大切なのは、顧客に寄り添うこと。レポートの視点を活かしながら、顧客にとって使いやすいサービスの提供をしていくべきだろう。