世の中に便利なモノやサービスが溢れている今、単なる機能ではなく、顧客との間に生まれる「体験」が重要という認識が、分野を超えて広がりつつある。
しかし、こうした意識の変容が起きる前から、顧客の体験に着目し、共感や熱狂をもたらしてきたプレイヤーもいる。
2019年4月17日に開催されたカンファレンス『CX DIVE』は、世代や業界、オフラインとオンラインの垣根を超えて、CXの最先端を探求するイベントだ。
その幕開けを飾ったキーノートでは、放送作家の鈴木おさむ氏、スマイルズ代表取締役社長 遠山正道氏が登場。二人は「なんだか仰々しいですね」と朗らかな表情で着席すると、異なる視点からCXの本質に鋭く迫るトークを繰り広げた。
事業が“当たるかどうか”は考えていなかった
遠山氏が代表取締役社長を務めるスマイルズは「生活価値の拡充」を理念に掲げ、食べるスープの専門店『Soup Stock Tokyo』やネクタイ専門店『giraffe(ジラフ)』、海苔弁専門店『刷毛じょうゆ 海苔弁山登り』などの事業を展開している。まずは、鈴木氏からスマイルズの事業のはじまりに対して問いが投げかけられた。
鈴木「私も、『Soup Stock Tokyo』にはよく足を運びます。そもそも、遠山さんはどういう経緯でスープ専門店というアイディアに至ったのか、聞いてみたいなと思っていました。やっぱり、ありそうでなかったから、事業が当たるのでは、という考えからだったんでしょうか?」
遠山「今、『当たる』とおっしゃいましたが、当てにいくという意識はなかったんです。女性がスープを飲んでホッとしてる姿が頭に浮かび、『スープって良いな』と思ったのが始まりでした。今ではビジネスも順調で、一発当てたように見えるかもしれません。けれど、安定してきたのはここ数年。きっと、海外で流行ってるからとか、儲かりそうだからとか、借り物のアイディアでは続かなかったでしょうね」
売上や利益から逆算するのが外食産業の常識だと遠山氏は語る。単価も低く、市場規模も未知数の「スープ専門店」は、従来の常識からは生まれるはずがなかった。
遠山「わたしは、サラリーマン時代に絵の個展を開いた体験から、自らビジネスを立ち上げるに至りました。アート作品を世に発表するのも、事業を立ち上げるのも同じだと思っています。だからでしょうか、事業の拡大よりも、ユニークな一点物に価値があるという感覚を持っている。もちろん、ちゃんと一定の利益は出さないと継続できないですし、お客さんに評価いただいている証拠として数値は重要です。ただ、それが最も優先すべき事項ではないんです」
マーケティングの前に“自分ごと”を見つける
外食産業でなくとも、顧客ニーズや市場規模といったエビデンスから儲かるかを判断した上で、新規事業に乗り出す業界は多いはずだ。しかし、遠山氏は「マーケティングは考えていない」と語る。顧客の声を聞く前に、自らの内にある想いに耳をすませるのだ。
遠山「ビジネスって簡単にはいかないじゃないですか。だから、どうしてやってるんだっけ?が自分の内側で説明できていないと続かないんです。なので、スマイルズでは、『自分ごと』という言葉を大切にしています。アーティストは、個展を訪れたお客さんに『来年はどんな絵をみたいですか?』とアンケートを取ることはしません。世の中を見つめて、自らの内側にある想いを投げかけ、それに対して評価を待つ。まずは、自分なりの熱を込めて、球を投げるのが礼儀だと思っているんです」
「マーケティングは考えない」という遠山氏の発言に驚いていた鈴木氏も、放送作家として働くなかで、自らの熱を作品にぶつける大切さを実感した経験があるという。
鈴木「その姿勢は番組づくりにも通ずるかもしれません。例えば、今は高齢者の健康ニーズが高いので、どの局もこぞって似たような番組を制作します。ある程度フォーマットがあるので、テクニックがあれば、それなりのものはできる。けれど、作り手の頭には『なんでこれやってるんだっけ』が浮かんでいることもある。作り手が扱っているトピックについて本気で関心を持てていたり、出演者のなかに病気を患う人が出て来たりすると、みんなのなかに自分ごとが生まれて、番組が急に熱を帯びる。それは、受け手にも確実に伝わるのだと思います」
作り手自身の内側にある熱を顧客に投げかける。遠山氏がそう語る背景には、それが揺らいでしまったときに経験した、スマイルズの失敗があった。
遠山「以前、新店舗の出店の際に、自分たちの感覚を大事にしていたらやらないチャンスに手を出したことがあります。そのとき、胸のどこかに迎合した感覚があった。その結果、売上も思ったほどあがらず1年で撤退したんですが、これこそ失敗だと思ったんですね。作家が絵を10枚描いて、3枚売れなかったとしても、その作品たちを失敗とは言いません。たまたま売れなかったんだ、と考えます。ですが、相手の意見を聞いてものづくりをすると、売れなかったときに相手のせいにしたくなってしまう。そうなると悪循環になる。だから自分ごとでやりたいんです」
誰かの意見を参考にビジネスをすると、うまくいかなかったときに周囲のせいにしてしまう。だから、マーケティング的な事業づくりをしないのがスマイルズの姿勢だ。とはいえ、最低限の世の中の感覚を持たなくてもいい、ということではない。
遠山「マーケティングは考えないとは言いましたが、世の中のことは普通に暮らしていればわかること。だから、みんなが持っている感覚を最低限持っているのは前提です。その上で、自分の意思を持つべき。バランスが大事なんです」
鈴木「最近、よく使われる『肌感覚』という言葉は僕は好きじゃないんです。でも、世の中の当たり前を把握する、最低限の肌感覚は必要ですよね。企業を見ていると、その当たり前を知るためにお金をかけたりする。それは変だなと思う」
抱いた想いを共有するために“物語”を駆使する
自らの内側にある想いや熱量を軸にビジネスをつくってきたスマイルズ。その“自分ごと”を他者と共有するには、グラフや数値で構成された従来の企画書では不十分だ。遠山氏は、『Soup Stock Tokyo』を始める際、そのビジネスアイディアを、小説のような企画書に落とし込んでいった。
遠山「想いを共有し、共感してくれる仲間をつくるためには、物語がベストだと思ったんです。『Soup Stock Tokyo』の企画書に数値は出てきません。けれど、どんな人が訪れて、どんな気持ちになるのか、将来はスープ以外にどんなことを手がけるのか、細かい設定が書かれています。この世界観に共感してくれる人がいれば、きっとビジネスは拡がっていくだろう、と思っていました」
「物語は共感を拡げる」という点に鈴木氏も大きく頷き、若手の時代に出会った企画書について共有する。
鈴木「『めちゃイケ』の前身番組、『めちゃ×2モテたいッ!』という番組の企画書には、番組の中身よりも前に、『あなたはなぜ髪をセットしたのか、なぜそのネクタイを選んだのか、それはモテたいからです』と書いてあったんです。
今日ここにいらっしゃる皆さんは『そんなことない』と思うかもしれませんが、当時のテレビ局の上層部にはピンとくるところがあったのでしょう(笑)。そこに自らの人生を重ね、その番組を“自分ごと”として認識したからこそ、企画が通った。
当時のテレビ番組の企画書といえば、写真もなく、ただ内容を記述するのが当たり前だった時代ですから、物語には共感を引き出す力があるのだと、強く印象に残りました」
個人の小さな“自分ごと”から新たなCXが始まる
内側にある想いを原動力にすること、それを物語として語り、共感する仲間を集めること。いずれも会社組織のなかで社員一人ひとりが実践していくのはなかなかハードルが高いように思う。
しかし、遠山氏と鈴木氏は、会社のなかで個人が“自分ごと”をプロジェクトとして実行していくのが当たり前になる時代の到来を予感している。
遠山「これからは、個人が何かを仕掛けていく、プロジェクト化していく時代になると思います。うちの会社でも、社員の一人が副社長に直談判し、看板のないBAR『バートイレット(bar Toilet)』を立ち上げるなど、社内ベンチャーが生まれ始めています。今後は、こういう自分のなかに理由がある人、エンジンがついている人が、新しいものを生み出していくのだと思います」
鈴木「個人でも十分にヒットを生み出せる時代ですよね。僕らの業界で言えば、YouTuberがその筆頭。彼らは個人でテレビ局を立ち上げ、自分の想いを表現して、お金を稼いでいる。テレビ業界も小売業界も、そういう個人商店が増えていくのかもしれませんね」
二人の語る“熱意ある個人商店”を増やしていくためには具体的に何が必要なのだろうか。遠山氏は、組織の中での承認のハンコを減らし、小さく始めることを提案する。
遠山「自分で責任を負える範囲で始められると良いですよね。日常の出来事を自分ごと化して、小さく仕掛けていく。例えば、将来民宿をやりたい、そこで黒豆茶を出すんだと決めているとします。そしたら、来客のとき、麦茶の代わりに黒豆茶を出して反応を見てみる。そういう小さい自分ごとを続けていると、周囲の意識も変わってくるし、お客さんの反応を見て、やりたいことの輪郭がよりハッキリしてくる。逆にいうと、進めてみないと、明確にならないことも多いですから。ピンときたものを小さく仕掛けて、お客さんの反応を見ながら、より良い方向に進めていく。これをスピードを意識して積み重ねていくのが大切なのだと思います」
顧客アンケートや市場調査の結果ではなく、自らの内にある軸を見つけ、小さく、世の中に投げかける。血の通った人間が、アートのように作り上げる“顧客体験”こそが、次代のCXのうねりを生み出していくのかもしれない。二人の対話から確かにその変化の胎動を感じた。
編集/モリジュンヤ 取材・文/向晴香 撮影/須古恵