人が呼吸するように、SNSを使う時代。SNSが人の「購買」に与える影響も大きくなっている。
新日本スーパーマーケットの調査によれば、「SNSで知った情報でいいと思ったものを購入した」と回答した人の割合は年々増加。商品の購入を検討している時に、20代女性の4割はWebではなくSNS検索を行うというデータもある。SNSは“コミュニケーションツール”から“情報取得ツール”へと変化しつつある。
SNSと購買行動が接続される中、企業はSNSとどう関わるべきか。SNSデータの解析ツールを軸にSNSマーケティング支援を行う、株式会社ホットリンクの飯髙悠太氏に話を伺った。
SNS時代、購買に影響を与える「行動の可視化」
飯髙氏は、株式会社ベーシックでマーケティングメディア『ferret(フェレット)』の創刊編集長を務め、執行役員を経て、2019年1月にホットリンクへと籍を移した。
デジタルマーケティングにおいて幅広い知識と経験を持つ飯髙氏が、ホットリンクを新天地に選んだ背景には、SNSが人の購買に与える影響が大きくなっているという確信があったからだ。
飯髙「多くの人がスマートフォンを持ち、SNSを使うようになり、一人ひとりが“小さなメディア”になりました。同時に、SNSを用いたマーケティングも、インフルエンサーやマイクロインフルエンサーの活用等、さまざまなフェーズを経て変化してきました。その中で、一人ひとりが“小さなメディア”になる時代、次に必要になるのは“個”を重視する動きだと私は考えています。ここ数年、この変化が顕在化してきているんです」
SNSの普及と共に、まずSNSマーケティングの手法として注目されたのが「インフルエンサー」の活用。昔からのマスメディアと同様、フォロワーの多い(=多くの人にリーチできる)人から情報を発信してもらうのが主目的で、あくまで認知の手法だ。
次のフェーズでは、フォロワーが数万人や数千人規模の「マイクロインフルエンサー」を用いたアプローチがとられた。彼らは、インフルエンサーよりもフォロワーとコミュニケーションをとり関係値を構築しているため、フォロワーの数は多くないものの、ユーザーの行動に影響を与えやすかった。
どちらも、数を用いたアプローチで、ハブとなる人がいる手法だ。一方飯髙氏が今注目するのは、特定の誰かではない“個人”を軸にしたボトムアップな手法だという。
飯髙「誰もが情報発信する時代になったことで、これまではオフラインで行われていた“行動”がオンラインに可視化されるようになりました。例えば、SNSがない時代は放映されたテレビドラマの話が、翌日に教室で話されていたのが、今ではリアルタイムにオンラインで会話が行われている。
リアルの場で友人におすすめされたものを買うことってありますよね。誰かの行動が購買につながっているというのはそういうことなんです。SNSで人々の“行動”が可視化されるようになったことで、知人の行動を見て購買するという、購買行動の変化が起こり始めている。ここに私は注目しています」
購買行動が変化し、UGCの重要性が見直される
飯髙氏が注目する新たな購買行動を理解する上で、重要なキーワードが「UGC(User Generated Contents)」だ。
企業側に依頼されるわけではなく、ユーザーが自らが「これは人に伝えたい」と思い、口コミやSNS投稿などの形で発信するUGCは、指名で商品を選び、購買へ接続しやすい手法であると飯髙氏は考える。
飯髙「広告を大きく投下して成果を上げようとする従来のマス広告の場合、それを見た人は具体的な商品名を検索することはあまり多くありません。例えば、花粉症の人が薬を探すときは、『花粉症 薬』で検索をするケースが多い。それが、特定の花粉症の薬に関するUGCを見ると、自分が知っている人がオススメするものだからこそ、人はその商品名を覚え、“指名検索”をする。指名検索は、購買へつながりやすい。つまりUGCを増やすことは、購買へより接続しやすくなるんです」
SNSの普及によって、一人ひとりが小さなメディアとなり、ユーザー行動が可視化され、ユーザーの行動が購買につながることもわかってきた。ユーザーの購買行動につながるUGCは、改めて注目されるようになってきている。
ホットリンクは、自社で開発するツールを用いてUGCの研究を長年重ねてきた。UGCの概念自体は2000年代初頭から存在していたが、その分析精度の変化により、着実にUGCの価値が再認識されるようになってきているという。
飯髙「データの分析精度が上がったことで、UGCの広がり方が計測できるようになったんです。今では、伝播の波形を見れば、テレビ、ラジオ、雑誌、SNSのどれが起点となり広がっているのかさえ分かるようになっています。例えば、テレビのようなマスメディアの場合、瞬間最大風速は出せるのですが、盛り上がりは継続しません。一方UGCは、伸び方は緩やかですが、じわじわと増え続けていくんです」
データ分析の精度が上がり、再現性をもって多くのUGCが発生する状況を生み出すことが可能になった。UGCから消費行動へとつながるサイクルはどのようになっているのだろうか。
消費行動プロセスとして有名なものに「AIDMA(アイドマ)」や「AISAS(アイサス)」が挙げられる。どちらも「Attention(認知・注意)」からプロセスがはじまり、広告費を十分に投下できることが前提として考えられてきた。
UGCはこの2つとは前提が大きく異なる。飯髙氏はUGCによる消費行動プロセス「ULSSAS(ウルサス)」を説明してくれた。
飯髙「ULSSASはUGCを起点に消費サイクルが回ります。まず、UGCにいいね(Like)がつくことで、SNS検索(Search1)が起きます。先ほど述べた指名検索のことですね。その後、GoogleやYahoo!での検索(Search2)が起きて、購買(Action)が起こる。その購買行動がSNSで拡散(Spread)され、再びUGCの発生へと繋がっていく。企業はUGCの初動アクションを起こすだけ。あとは自然とこのプロセスが回っていくので、膨大な広告費を前提にしなくてもいいんです」
ULSSASが機能した例として、飯髙氏は映画『カメラを止めるな!』を上げた。
同作品の制作費300万円。広告にかける予算はなかった。その盛り上がりは、UGCがほぼ起点になったという。2018年6月に2館で始まった上映は、3ヶ月ほどで300館にまで拡大。広告によるAttentionからではなく、UGCを起点に爆発的な人気を集めたのだ。
UGCの肝は“コンテンツ”と“ゴール設定”
ULSSASを回すには最初の「U」——つまりUGCをいかに生み出すかが鍵となる。飯髙氏はUGCを生み出す上で欠かせないのは、そもそもの商品・サービスが“良いもの”であるという点だ。
飯髙「UGCが生まれるためには、前提としてコンテンツが良いものでなければ行けません。 『カメラを止めるな!』 は、コンテンツ自体が素晴らしかった。それがあるからこそUGCが生まれ、ULSSASを回すことができたんです」
実際にULSSASが回ると、どれほどの成果を上げられるのか。飯髙氏は、ホットリンクがSNSマーケティングを担当している製菓企業を例に挙げて説明してくれた。
飯髙「その企業では、クリスマスにアレルギー対応のケーキを販売していました。100人ほどしかフォロワーがいなかったのですが、そのケーキを見つけた母親が、『アレルギー対応のケーキがあったことで、子どもに初めてケーキを食べさせてあげられた』という投稿をし、同じようにアレルギー持ちのお子さんがいる母親や子供のころアレルギーでケーキが食べれなかった人へ広がって、連鎖的に情報が拡散していったんです」
「アレルギー対応のケーキ」という商品は、顧客のニーズを捉えていた。ゆえに、この製菓企業では、初動のUGCが生まれ、その評判を広めることができたのだ。
同企業は、ここ1年以上UGCの発生と拡散を軸にSNSの運用を本格化。今では14万人を超えるフォロワーを抱えるなど、著しい成長をたどっている。企業には、これまで単なる発信チャネルのひとつとして活用していた企業アカウントをいかに活用し、UGCを生み、広げる役割を担えるかが求められる。
普段、日常的にツイートをしているユーザーにとって、公式アカウントからの反応は普段のツイートからは想定できないような反響を呼ぶきっかけにもなり、喜ばれることも少なくないという。実際飯髙氏が紹介した事例でも、フォロワー数十人規模のアカウントが数百のリツイートやいいねがつくことも珍しくないそうだ。
ただ、UGCを扱い成果を上げるためには、企業側も変化が求められる。特に重要となるのは、ゴール設定だ。UGCは、直接的なコンバージョン(CV)を測れない場合も多い。故にCVをゴールに置かないことが前提にある。しかし、あらゆるデータが取れるようになったことで、目先の数字を追いやすく、そこへのフォーカスが求められることも多い。UGCの活用には、この視点を変えることが必要だ。
飯髙「例えば、ケーキ屋さんの場合、お店に訪れる人のほとんどは母親だと思います。ですが、ケーキ屋さんが狙うべきターゲットは母親ではない。商品を買うのは母親ですが、ケーキを買う理由は、子どもの誕生日やイベント事を楽しむためかもしれない。母親の購買行動を生み出しているのは子どもたちなんです。その事実を見逃し、目の前の事象や数字を頼りに施策をしても、本来届けるべき人には届かないこともある。どこの誰のために、この施策をやるのか。その観点を意識しなければUGCで成果を上げるのは難しいでしょう」
SNS時代にもつべき、顧客としての視点
ULSSASを回すためには、良い商材を生み出すこと、そして目の前の数字にとらわれないことの2つが大切だと飯髙氏は考える。ただ、この2つを実現するためにはその前提で、あるマインドセットが間違いなく必要だ。それが「顧客としての視点をもつ」ことにある。
ケーキ屋に訪れる顧客のほとんどは母親でも、その購買を生み出しているのは子どもたちであることを、データは教えてくれない。企業はそこを想像する必要がある。データでは測れない部分を考えるために、企業に求められることは、自身の顧客としての視点にある。
飯髙「顧客としての自分が、どういう風に購買行動を行っているのかに当てはめると、アプローチすべき顧客のことが分かりやすくなります。何をきっかけに商品を認知し、どこで態度変容し、購買に至るのか。顧客としての自分を見直すことの大切さを理解している人は多いかもしれませんが、企業にいると忘れがちなポイントではありますよね」
尾原和啓氏著の『モチベーション革命』によると、シリコンバレーでは、残業ゼロ、週休3日の会社も珍しい存在ではなくなってきている。この背景には、「従業員にしっかり休みを取らせること」だけではなく、「休んでいる間に従業員が生活者としてのユーザー視点を取り入れる」という企業側の目的が潜んでいるそうだ。
ユーザー視点を取り入れるためにも、企業は顧客との接点を意識的に持つ必要がある。その第一歩として、飯髙氏は自社のSNSの運用を外注すべきではないと主張した。
飯髙「SNSを自社で運用することで、ユーザーとの接点を広く持つべきだと私は考えています。UGCを自分たちの目で見て、自分たちでリアクションをする。それだけでも貴重なユーザーとのコミュニケーションになると思います」
ユーザー視点を持つことは、企業で運用するTwitterやInstagram、Facebookといった「見えるSNS」だけではない。LINEやSlack、WeChatなどに代表される日常的に使う「見えないSNS(ダークソーシャル)」の中身を想像する力も重要になってくる。
RadiumOne社の調査レポートによれば、モバイルでのウェブサイトのシェアのうちダークソーシャルの割合は2014年が69%、2015年が84%と増加の一途をたどっている。顧客の行動を把握するためには、ダークソーシャルを無視できない状況にある。
飯髙「LINE、Slack、WeChat……日常的にこれらのツールに接していなければ、そのなかでどんなユーザー行動が起きていて、どう評価されているのかを想像できません。ダークソーシャルの中身を想像するためにも、いちユーザーとしての視点は常に磨き続けなければいけません」
SNSが普及し、企業と顧客の距離は近くなったように思われた。
SNSを使えば企業は届けたい情報をワンタップでユーザーに届けられ、エゴサーチをかければ、自社の商品やサービスに関する顧客の声を知ることができる。しかし、多くの企業は前者にばかり注力し、CVへ直接影響しない顧客の声をどこかないがしろにしている部分があるのではないだろうか。
自社の商品やサービスに触れた顧客が、どこでそれらを知り、どんな考えから購買に至り、どのような思いから声を生み出すのか。それを考えるためにも、顧客としての自分を忘れずにいなければいけない。