「モノづくりの背景をオープンにすることで“なぜおいしいのか”に納得感が生まれるんです」
サードウェーブコーヒー、クラフトビール、ビーントゥーバーチョコレート。大量生産ではなく、良質な素材選びやサスティナブルな製造工程など、つくり手の思いが反映された“クラフト”ブランドが支持されている。その多くは効率化や合理化とは対極にある手間暇を惜しまず、商品としてのクオリティを追求し、唯一無二の味わいや体験を実現している。
2019年4月にオープンした「HiO ICE CREAM」もまた、そんなブランドの一つだ。HiO ICE CREAMは「少量生産」「素材を生かすシンプルな味」「生産者の思いを届ける」の3つのコンセプトを軸に展開しているクラフトアイスクリームブランド。素材や味に対するこだわりはもちろん、サブスクリプションサービスとして定期宅配を提供したり、あえて駅から離れたところに工房を兼ねる店舗を構えたりするなど、その世界観や物語を届けるために、提供の仕方にも独自の考えを持っている。
なぜ今、クラフトに着目したアイスクリームブランドを立ち上げたのか。クラフトにフォーカスすることで、顧客にはどんな体験価値を提供しているのか。その先に目指す「ゆるやかな成長」とは。HiO ICE CREAMを運営するHiOLI代表取締役社長兼CEO 西尾修平氏に話を聞いた。
「子どもに食べさせたい」アイスクリームを
自由が丘駅から歩いて5分ほど、緑道沿いにHiO ICE CREAMの「Atelier(工房)」はある。道に面した大きな窓からは、職人たちがアイスクリームづくりにいそしむ様子がうかがえる。
西尾氏「口コミの力はやはり大きくて、お客さまがご友人を連れてきてくださったり、ギフトをもらった方が気に入って店舗へ足を運んでくださったり……。お近くに住んでいらっしゃるのか、毎週のように来てくださる方もいます」
そもそもHiO ICE CREAMではなぜクラフトに着目したのか。それには西尾氏の原体験が影響している。
西尾氏「どんなサービスを提供したいだろうと考えたとき、5歳になる息子の顔が浮かびました。彼に食べさせてあげたいと思えるような商品を提供していきたい。HiO ICE CREAMでは、僕らが“次の世代に残したい”と思えるモノを提案したいんです」
HiO ICE CREAMのロゴは「次世代につながるモノづくり」を体現している。イメージしたのは、親子が手をつないでアイスクリームを買いに行く光景。氷の結晶に見立てたアスタリスク(*)を五角形にしたのは、人に見立てるためだ。
西尾氏「父はとても忙しい人で、一緒に過ごす時間はそう多くありませんでした。だからこそ、毎週末に決まってアイスクリームを一緒に買いに行く時間を楽しみにしていたんです。当時僕は父と手をつないでいたけど、30年経った今は息子と手をつないで歩いている。HiO ICE CREAMを食べて育ったお子さんが大人になり、そのお子さんや大切な人とHiO ICE CREAMを食べる──。2世代、3世代と続くような長期的な関係をお客さまと築きたいのです」
「次世代につながるモノづくり」を実現するうえで影響を受けたのが、サードウェーブコーヒー「ブルーボトルコーヒー」だ。
西尾氏「アメリカ西海岸のコーヒーカルチャー、特にブルーボトルコーヒーが大切にするクラフトの哲学に強い影響を受けています。HiOLI創業前には本社があるオークランドにも伺い、創業者のジェームス・フリーマンさんと意見交換をさせてもらいました。シングルオリジンかつ小ロッドのローストで豆の個性を生かし、お客さまに対して生産者の思いを伝え、企業としてサステナブルな社会づくりに貢献する──。彼らこそが、次世代に残っていくべきブランドだと感じました。その哲学は、HiO ICE CREAMの源流となっています」
近年、つくり手の「顔が見える」クラフトの哲学は、生活者の購買行動の傾向と重なってきたと西尾氏は語る。
西尾氏「情報の非対称性が崩れて、人はさまざまなことを自分で調べるようになりました。主体的に、自分の価値観にマッチしたモノを選びたいという欲求がある。クラフトを求める人は確実に存在していて、僕たちを探し当ててくれていると感じます」
「クラフト」だからできることがある
ブルーボトルコーヒーが大切にしてきたクラフトの哲学をHiO ICE CREAMとして解釈し、個性豊かなアイスとして表現するために、西尾氏は「素材を生かすシンプルな味」「生産者の思いを届ける」「少量生産」の3つのコンセプトを軸に体験をデザインしている。
西尾氏「素材本来の味わいを生かし、特徴的な風味や食感を楽しめるクラフトアイスクリームは、人々により強い印象をもたらします。例えばレモンシャーベットは、香料を使わずに香りを強調するため、レモンピールを入れています。美瑛シングルオリジンミルクは舌触りをなめらかにするために一度寝かしている。生産者にお願いして通常の時期よりも早めにフルーツを収穫し、糖度控えめでアイスに適したものを確保してもらうこともある。こうした一工夫や一手間が、素材の特徴をより引き出します。
味に特徴を出すことは、好き嫌いが分かれるということでもある。僕らはそれでいいと思っています。10人中10人が『好き』になるよりも、10人のうち1人でも2人でも『熱狂的に好き』になってもらえばいいんです」
素材を生かすには、いい素材と出会うことが必要だ。生産者とのつながりもない最初のうちは、ほれ込んだ生産者に電話で猛アタックした。熱意を伝えて、時間をつくってもらい、仲良くなったら別の生産者を紹介してもらう──。地道に素材探しの旅を続けた。
西尾氏「新型コロナ感染拡大以前は、月の半分を産地めぐりに充てていました。全国各地、これまで50人ほどの生産者さんを訪ねています。彼らはコストを惜しまず、いい素材を追求している。その思いを知れば知るほど、素材を無駄にはできない。売れ残りが出ないように売りきる。だからこそ『スモールバッチ(少量限定生産)』にこだわるんです」
HiO ICE CREAMでは、2日で売り切れてしまうような少量のフレーバーもある。それらは、生産者が実験的に育てたものや、丁寧に育てるために収穫数が極端に少ないものを素材にしている。
西尾氏「大手がつくるのは、何十トン、何十万食という大きな単位です。一方、僕たちなら50食くらいからつくることができる。とりあえず試しにつくってみて、売れ行きが良ければ、来年度の収穫を増やしてもらうよう生産者さんにお願いする。素材を買い付けるというと、上下関係があるように見えてしまうけど、あくまで対等な関係性で、いい素材をつくってもらい、適切な方法で加工する。そうやってお客様に『おいしい』と思ってもらえるアイスをつくり、僕らと生産者さんがともに、ゆるやかに成長していけることが理想的です」
長期的な付き合いが前提だからこそ、生産者と良好な関係を築くことができる。そうすることで、顧客にはどのような体験を届けられるのだろうか。
西尾氏「素材の背景をオープンにすることで『なぜこのアイスクリームがおいしいのか』に納得感が生まれる。その納得感により、アイスクリームは何倍にもおいしくなると思っています。僕たちがどう加工しているのかを伝えるときと同じだけの熱意で、素材がどう育てられているのかも伝える。これはHiO ICE CREAMの体験に必要不可欠な要素です」
こういったクラフトへのこだわりは、大量生産・大量消費のアンチテーゼではない。さまざまな選択肢があることが、豊かな顧客体験につながっていると言う。
西尾氏「平日の朝は仕事前に、気軽に買えるコンビニのコーヒーがいいし、週末は手の混んだコーヒーをじっくり飲みたい。コーヒーの顧客体験には、品質と利用シーンというふたつの軸がある。アイスの顧客体験も同様なんです。選択肢の多さは、社会の豊かさにつながっていると思います」
ほどよい距離感が、長く愛されるブランドにつながる
HiO ICE CREAMが大切にするクラフトアイスクリームの体験は、どのように顧客に届くのか。タッチポイントを増やすため、ナチュラルローソンやオイシックスでの限定販売をおこなっている。季節イベントやギフトのニーズに対応するECを着実に展開しつつ、重きを置くのは、拠点となる「Atelier」とサブスクリプション(定期宅配)「Pint Club」だ。
西尾氏「Atelierでは、HiO ICE CREAMにとって最上位の顧客体験を提供します。接客、製造工程の見学、イベントなどのリアルコミュニケーションはもちろん、ここでしか食べられないフレーバーとの一期一会を楽しめます。店舗体験を特別なものにするため、あえて駅から少し外れた場所に出店して、わざわざ足を運んでいただいています。
Pint Clubは、Atelierに頻繁に来れないファン向けのサービスです。極力Atelierの体験に近づけていこうと試行錯誤しています」
Pint Clubでは、月ごとに異なる2種類のフレーバーを届ける。2パイント(10〜12食分ほど)で月額2,700円。送料はHiO ICE CREAMで負担する。冷凍で届けるため、負担は決して小さくない。しかし、それでも良しとしているのは、収益ではなくコミュニティ形成に目的を置いているからだ。
西尾氏「ファンのみなさんと、長くお付き合いしたい。2,700円という価格設定は、僕らがいい商品を届けることができて、かつお客さまが長く続けられる、ギリギリのラインだと思っています」
さらにHiO ICE CREAMでは、社員研修として生産地を訪ねている。生産者とスタッフが直接コミュニケーションを取ることで、素材の背景を解像度高く伝えることができる。
西尾氏「今は新型コロナの影響で中止していますが、年に3回ほど社員をつれて産地に伺っています。Atelierは臨時休業日にして、日帰りの研修旅行です。状況が収まれば、7月下旬に山梨のぶどう農家さん、12月には小田原のみかん農家さんを訪ねる予定です。収穫もさせてもらって、それをそのままアイスクリームに加工する。自分たちの体を動かし、手を動かして得られた『手触り』や『温度感』は、Atelierでの会話に反映することはもちろん、小冊子に載せて、SNSを通じてお客さまに伝えていきます」
こうした顧客体験にフォーカスしたサービス設計は、確実に顧客に届いている。オープンから1年で、ECでの売上は前年比3倍を超える。
西尾氏「お客さまからのフィードバックをもとに常にアップデートを心がけています。当初、ECの販売はパイントカップのみでした。取り分けていただく必要はあるものの、そのほうが価格が抑えられるからです。しかし、個別包装してほしいというご要望が少なくなかったため、今ではパイントカップとミニカップ両方を販売しています。お客さまからの声でECのラインナップを変えたり、フレーバー開発の参考にしたりもしています」
HiO ICE CREAMでは、リアル店舗とサブスクリプションを軸に顧客と向き合い、生産者の背景を伝える。この方法に手応えを感じた西尾氏は、クラフトバタースイーツブランド「Butters」もスタートさせた。アイスクリームとバター、ともに「クラフト」の哲学を持ったスイーツブランドの根底には、HiO ICE CREAMをハブとして穏やかに顧客と生産者がつながり、よりよい体験を届けたいという西尾氏の考えがある。
西尾氏「子どもが大人になるような時間軸で末永くファンのみなさんと関係を続けたい。長く愛してもらえるブランドになるには、ほどよい距離感が重要だと思っています。
『食の楽しみを“僕らが”広げます!』といった強い意志表示はしませんし、インセンティブが発生するような紹介制度も導入しない。えびぞりのようなスケールも望んでいないんです。ほどよく穏やかに、クラフトの哲学が宿ればいいな、と。
HiO ICE CREAMの名前にはそんな穏やかさへの思いを込めています。太陽のように日々の暮らしをやわらかく照らし、笑顔の間にある存在でありたい。お陽さまの『陽』とご縁の『輪』から名付けたんです。生産者さん・お客さま・僕たちとの輪を、ゆっくりとほどよいペースでつなげていくことで、HiO ICE CREAMの体験がより良いものになっていくと考えています」
執筆/葛原信太郎 編集/大矢幸世 撮影/名和実咲